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#4 黒豹の舌を持つネコ
ふと、梗介が後ろから俺の顔を覗き込む気配がした。
そういえば映画に集中していてあまり違和を感じなかった、いや、感じなかったからこそ、梗介も、ちゃんと最後まで観ていた気がする。
そもそも梗介が恋愛映画。梗介が他人のラヴをなんて、「ラヴ? 犬に食われて下水に消えな」そんな俺より数段階尖りとやさぐれを極めし男なのに、
通常通り喫煙はしていたけど、「ええ……?」「ないっしょ」「……ああ」俺の変わらずの独り言にもたまに「ふん」とか相槌して、
俺を退かして席も立たず、スマフォもいじらず、女からの着信はそもそもなかったけど、それ関係の対応もせず、(こないだ普通に観てる途中電話に出やがって、「何が『はい』だよ!」って蹴り入れたら、首の変なとこグキッとか凄い音して、めっちゃキレられたけど笑えた)
そんなラヴ=下水の梗介が、こてこての恋愛映画を、最後まで大人しく観ていたなんて。
もしかしたら梗介も、さっきのキスに、やられてしまったのだろうか……。
梗介が俺のこと見てきたから、振り向いて、思い出した。
俺、すごい泣いてたんだ。
瞬きしたら、溜まっていた涙がぼろぼろと雨露みたいに溢れ落ちて、うわあって思った。
その様子を、梗介はじっと、冷静なネコ科の動物みたいな眼をして見つめている。
悲しくて泣いた訳じゃない。感動だけど、泣き過ぎだ。
恥ずかしくて、俺は照れ隠しにえへへと顔だけで笑った。
梗介が、俺の両肩を掴んで柔らかく自分の方へ向き直させた。
向かい合った梗介の顔が近づいて来ると思って、思わず瞳を伏せたら、
ぺろおん、と頬、舐められた。
拭われたんだ、涙。舌で。
続けて、俺の頬を伝う涙、れろ、ぺろおと舐められる。
知ってるか。梗介の黒豹みたいに、エロくて紅い、長い舌。
それが俺の頬を、甘露を探る肉食獣みたいに、探るようにぺろぺろ舐めている。
頬が綺麗になったら、目尻やまつ毛に残った玉も、ちゅっ、ちゅっと吸って、忘れなかった。
何だ。キス映画の効果、あり過ぎじゃないのか。
俺は、基本的に誰かの前で、死んでも泣かない。
だけど、梗介の前ではその決壊も総崩れで、梗介のいつも傍若無人さ、手酷い責め、めちゃくちゃに感じさせる指、たまにある、こういうびっくりするような甘さ、
梗介の何でもかんでもに、俺の涙腺はいつも振り幅を崩壊させるので、梗介にとって俺の涙なんて、赤ん坊のよだれみたいなものに等しい。
それに梗介は、俺のものだったら、たいていのものは舐めてくれる。
あの誰のことも信じず、誰をも許容しない梗介が。
そこには、やっぱり『愛』が感じられるような気がして、この上もなく嬉しい。
ぺろぺろと猫みたい俺の瞳を舐める梗介がおかしくて、
「猫みたい」
笑ったら、
俺の耳元に唇を寄せて、「ニャーオ」って、物凄いド低音で、ひと鳴きした。
信じられるか。
梗介って、時々、物凄く可愛いんだ。
「可愛い」
俺は小さく吹き出して、梗介の首に腕を巻きつけて喉を反らした。
「梗介、可愛い」
嬉しくて可笑しくて、幸せな笑いを抑えられずにいたら、
梗介はやっぱり多少柔らかい表情していたけど、相変わらずクールな顔してふんと鼻で笑い、
俺のことを可愛いと抜かすなんざ、いい度胸だ、みたいな眼で睨みながら、
「あ」
俺のことを抱っこして、赤いソファにぼすんと移動した。
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