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#6 キス・Ⅱ
今度は少し、欲情混じりだ。
ふるふる、と唇がふれあったのも束の間、梗介の長い舌があっという間に俺の歯をこじ開け、とろんとしていた俺の舌を抜き取り、へたってんじゃねえよと揺り動かす。
舌、唇、歯。あらゆる口腔の武器を駆使して、俺のなかを攻撃しに来た。
ちゅる、はあ、と漏れる音の水分が増し、絡みとられる舌、捻り合いが一層深くなる。
呼吸、吐く息、ほてりが生じはじめた瞳尻と頬、さっきとは違う色合いに染まってきて、梗介の背のカットソーへしがみつく指が頼りなげになり、眩暈を起こしそうになる。
確かにいいよ。欲しい、それも。
ああでも。それも、決して嫌いではないのだけど……。
そしてついには、キスのその先、交わりの合図である、梗介の指が俺のTシャツの裾を割り、肌を侵攻して来ようとした。
やっぱり梗介は梗介だ。
俺は映画にあてられた乙女回路だけど、梗介はあくまでも、肉を欲する美しい獣なのだ。
「だめ」
だけども俺は、梗介の手首を抑え、何とか踏みとどまった。
何でだよ。
梗介の眼が、むくれたように俺を睨む。
それが少し、可愛らしかったんだけど、また笑ったら肉食獣の本領発揮してしまうため、それを隠して俺は子供に教えるように言ってやる。
「まだ、だめ」
Tシャツの中から、むくれた梗介の指を優しく抜く。
「今は、キスだけしていたいの」
「…………口、ふやけんだろ」
「ふやけていいよ」
不服そうにしている梗介に、今度は俺の方から、ちゅ、とキスしてあげた。
子供みたいなキスじゃない。ちゃんと、さっきの二人みたいに、恋人同士のキスだよ。
俺の今の気分を一応解ってくれたらしい梗介は、やれやれみたいな嘆息をつきながらも、唇は、ちゃんと俺に合わせて、穏やかな肉食獣のモードになって、気持ち良く俺の唇を屠ってくれたのだ。
梗介とキスするの、全然飽きない。
というか、梗介という存在が、俺の胸を撃つ、黒なのに多様な色彩を織り交ぜたベクトルみたいに鮮烈で、
それは俺の全感覚器官をつつみこみ、浸食しながら、どこまでも心地悦いのだ。
そういえば、今日、雨降ってたな。俺の嫌いな、雨。
優しい雨だったけど、それにしても音、全然聞こえないな。
今、俺に聞こえているのは、梗介と俺の唇が、ぴちゃんぴちゃんと、雨みたいに滴っている音だけ。
あと、ぎゅっと抱きしめ合っているから判る、梗介の鼓動。雨音みたいにとくん、とくんと、肌を拍つ梗介の生きる証。
梗介の左胸を想うと、切なく浮かべるものがある。
梗介の左胸、心臓の裏側の背中、十字架が描かれている。
巻きつかれた、白い花。俺の名前を冠した、柚子の花。
俺にもある。右腿の内側、紫が見る者の瞳にまぶしい、桔梗の花。
この肌に刻まれたタトゥーみたいに、口づけ合ってる唇みたいに、
今さらふたり、もう、離れられない。
雨は大地を、しとやかに打っている。
俺を揺るぎなく拍っているのは、どこまで確かな、梗介のこの鼓動と、
こころの奥まで濡れるように心地よい、この、唇だけだ。
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