最後に笑うのはあたしのはず

6/10
前へ
/10ページ
次へ
 その日以来、睦応は度々家に訪れるようになった。睦応はフライト終了後の暇を縫っては樹璃に会いに来るようになったのである。長美も樹璃の不在時には睦応の相手をするようになったのも一度や二度ではない。 結婚式も近くなったある日のこと、睦応は皆と一緒にすき焼きをつついていた。 その時、流れていたテレビのニュースを聞いて睦応は箸を落としてしまった。 「え…… 嘘……」 「どうしたの? 睦応さん」と、樹璃が尋ねた。睦応の表情は青ざめ震え上がっていた。 ニュースの内容は〈大手航空会社、経営破綻。公的資金投入か!?〉と言うものだった。 「これ、睦応さんの会社よね。大丈夫なの?」 「あ…… ああ…… 自分は正社員でパイロットだし…… 待遇は変わらないと…… 思うんだ……」 睦応の震える声に長美は言い知れぬ不安を感じていた。睦応の言う通りにパイロットの人員整理が行われる訳がないだろう。そう、何も変わらないんだ…… 何も……  世界は残酷であった。睦応は人柄も良く優秀なパイロットである、しかし、こういった光り輝く人材は妬みを受ける対象にあり、運悪く人事権を持つ者が僻み屋の元パイロットの上司だったため、身に覚えのない素行不良の讒言を上層部に吹き込み睦応を解雇してしまった。  睦応は無職になった自分に樹璃と結婚する資格はないとして、一方的に婚約を破棄。樹璃にはちゃんとした仕事に就いた立派な男と結婚して幸せになって貰いたいと考えた末の苦渋の決断である。樹璃も納得がいかないとして「仕事なら一緒に探しますから結婚して下さい」と懇願したのだが、この御時世での就職活動は茨の道も同然。そんな苦労はさせたくないとして樹璃は徹底的に突き放され、決別に至る。樹璃は「生まれて初めて男から捨てられる」経験をし、毎日のように枕を濡らす……  長美は樹璃に同情の念を覚えつつも、姉の惨めで可哀想な姿に意地の悪い喜びを覚えるのであった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加