最後に笑うのはあたしのはず

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 長美は睦応のアパートに訪れた。睦応は急な来客に驚きつつ、事情を聞いて更に驚くのであった。なんと、睦応は印鑑の紛失に気がついてなかったのである。 「もう、あたしが気がついてなかったら大変でしたよ! 気をつけて下さいね!」 「ああ、ごめんごめん。届けてくれて本当に助かったよ。お礼にお茶でも」 長美は部屋へと通された。六畳一間の小さな部屋の中央には卓袱台が置かれており、履歴書と共に「パイロット入試試験問題」の本が複数冊乱雑に乗せられていた。 「ゴメンね、引っ越したばっかで散らかっているから」 「いえ、お構いなく」 すると、長美はこれらの本とは違う本が混じっていることに気がついた。中国語のテキストである。 睦応はそれを手に取った。 「これ? 最近は中国のLCCが人手不足って言うからね。俺らみたいなのをスカウトしてるんだ。給料も結構いいし。でも、中国の航空無線って他の国みたいに英語オンリーじゃなくて、中国語も必要なのよ。だからイチから学ぼうかなって」 その瞬間、長美の心に自分と同じ声をした悪魔が囁いた「お姉ちゃんに勝つチャンスだよ!」と。長美はその勢いに乗った。 「あ、あの! あたし、大学の4年間で中国語専攻してたんです! お役所に来た中国の方の対応全部任されるぐらいには得意です!」 「え? マジ? 中国語教えてもらおうかな? ああ、でもなぁ…… 元婚約者の妹と二人きりってのもなぁ……」 長美の心に自分と同じ声をした悪魔が再び囁いた「このチャンスを逃すな!」と。 「お姉ちゃんの件ですか? お姉ちゃん、綺麗だから男の人には困ってないみたいですよ」 嘘ではない。長美は樹璃が数多の男に言い寄られていたことをよく知っている。それは睦応も同じだった。 睦応は「俺のことはもう引きずってないみたいだな」と、ほっと胸を撫で下ろした。 「じゃ、中国語をタップリ教えてもらおうかな?」
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