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また幼馴染のユウコと喧嘩しちゃいました。まぁ、いつも通り、喧嘩の理由なんて、ちょっとしたことなんだけどなぁ。
今回の喧嘩は夏休み明けの避難訓練の時に、手をつながないで避難訓練をしたことを怒っているようです。小学生も5年生になったら、女の子の手を握るなんて、恥ずかしくてできない、って言ったら、「ルールだから」って、手を繋ごうとしてくるし。
「なんだよ、そんなに手、繋ぎたいのかよ?」とからかい気味に言ったら、むきになって怒ってくる理由もわからない。真面目に手を繋いで一緒に逃げてるのを他の友達に見られでもしたら、ヒューヒューからかわれるのも恥ずかしいし。ユウコも学級委員だからって、そんなに真面目にやらなくても良いのにと思う。
結局下校時間まで仲直りできず、気まずい雰囲気のまま、一緒に下校。
避難訓練からの流れで、今日は集団下校になっていたので、家がお隣さんのユウコとは一緒に下校しなくちゃいけないし。
「・・・」
「・・・」
お互い、何の話もしないで、そっぽを向いたまま黙ったまま歩く。喧嘩をしていない時は、先生の話だったり、美味しかったカレー給食と揚げパンの話をしたりして、まったり帰っているのになぁ。今日は下校中のルートにある田中さん家の飼い犬と遊んだりもしないで、二人、もくもくと歩いていく。
俺の家は東京の下町の一軒家。途中大きな橋を渡って帰る、学校からは20分くらいの帰り道。
その橋を半分くらい渡った時、急に風が強くなってきた。風で帽子が飛ばされそうになったので、慌てて押さえる俺。ユウコは髪の毛が乱れるのを嫌がって、両手で帽子と髪を必死で押さえてる。橋から帽子を飛ばされたら嫌だし、急ぎ足で橋を渡ろうと少し早歩きになった時、さっきまで青空だった空が急に暗くなって黒い雨雲が流れてきた。そしてあっという間に雨が降ってきやがった。
「うへー、またゲリラ豪雨だよ!」
最近では珍しくない天気だけど、下校中に来られるとすごく面倒。折りたたみ傘なんてカバンに入れていないし、とりあえずユウコに「走るぞ」と声だけかけて、橋を渡った先にある営業終了したままま、シャッターが閉まっている洋服屋さんの軒先まで走って逃げる。
少し遅れてユウコが軒先に入ってきた。お互いそんなに雨に濡れなかったけど、目の前の滝のような雨を見ながら、俺は腕で顔をぬぐい、ユウコはハンカチを出して顔と髪の毛を拭いていた。
軒先から外を見る俺。
学校の授業で雨の絵をかくとき、涙型の雨粒をかいたり、青い線を上から下にひいてたりするけど、今、目の前で降る雨は、ほんとに線で描いたように雨が降ってきてた。雨粒というか「雨線」。いままで見た事無い雨。
橋の欄干や地面に落ちたはじける「雨線」のしずくで、目の前が景色がどんどん白くなって、靄がかかったようになってきた。
今渡ってきた橋も見えなくなってた。けど、そんな強い雨の割に、いつものゲリラ豪雨のようなザーザー、ガーガーみたいな雨の音が無い。さーっという、ちょっと静かな梅雨のしっとりした雨音なのが不思議だなぁ、と思いながら雨宿りをしてた。
俺もユウコもそんなに雨に濡れたわけじゃないけど、ちょっと肌寒くなってきた。隣のユウコは大丈夫かな、とユウコの方に顔を向けた。ユウコもちょっと寒そうに両手で体を抱いていたけど、とりあえず顔色はいつも通りのピンク色をしていたので、大丈夫だな、って安心した。
と、そのユウコのいる軒下の先に、二人の大人の人がいた。あれ、俺とユウコが軒先に逃げた時には誰もいなかったのに。あぁ、お店の裏から出てきた大人の人かぁ、と思ったよ。
その大人二人は男性と女性で、なんだかちょっと服のセンスが古い。
男性の方は白いシャツと茶色いズボン。男性のシャツのデザインはのっぺりしていて、今俺たちが来ている学校の制服のような感じ。茶色いズボンも今俺らの履いているズボンやスカートとは生地が違うっていうか。女性の方はチェックの線の入った青いシャツと太もも周りがふっくらしている茶色いズボン。学校の教科書に出てきた、昭和の人達のような恰好みたい。
「なんだか古臭いファッションだなぁ」と思いつつ、顔を見ようとしましたが、顔はなんだかぼんやりしていてはっきり見えない。どこかで見た事あるような気はしたけど、とはいえその大人の表情は分かるっていう不思議な感じでした。
ユウコもその二人に気が付いたようで、やっぱり俺と同じように感じている様子。不思議そうな表情で二人を見ています。
その時、男性の方から話しかけてきました。
「ヒデユキ君、学校には元気で通っているかね?」
いきなり名前で呼ばれたのにかなりびっくりしたけど、近所に住んでいるならまぁ、名前くらい知っていてもありかな、と思うことにして返事をする。
「え、あぁ、はい。元気でやっています」
「そうか、それは何よりだね、ユウコさんも元気かい?」
ユウコがビクっとしたのが分かったので、男性とのユウコの間に入るように体を入れ替えながらユウコを見てみると、
「はい。私も元気です」
さすが優等生、落ち着いて返事をしてた。
いきなり声をかけられて、名前まで知られている大人でしたが、不思議と怖いっていう感じはしなかった。むしろちょっと懐かしい感じ。
男性はその様子を見ながら、安心したような表情をしたようで、少し微笑んだ印象。その表情のまま後ろの女性に視線を向けて、その顔を見た女性もにっこり笑ったように見えた。
「ヒデユキ君、ユウコさんと、ちゃんと仲良くしないとダメだぞ、男子たるもの、女性を守って初めて一人前だからな」
「え、あ、は、はい。ちゃんと仲良くします。」
「よし、約束だ」
「はい」
なんで喧嘩していること知ってるんだろうこの男性は、と思っていると、後ろの女性から声がかかりました。
「ユウコさんも、ヒデユキさんをよろしくね」
「はい」
何がよろしくなんだよ、いつもユウコがからかわれている時に守っているのは俺なんだぞと思ったけど、何も言わなかった。
そんな思いとは別に、後ろにいた女性が何かに気づいたようで、男性の方に視線を向けて、何かを促している様子です。
その視線に気づいた男性が落ち着いた表情でうなずきながら、
「これから、色々あると思うが、二人仲良くな」
後ろにいた女性も声をかけてきました。
「ユウコさん、元気でいてね」
雨はまだすごい勢いで降り続いていて、雨音も結構ザーザーしてたけど、その話だけは雨の音も関係なく、はっきり聞こえてきました。
その時どこか遠くから風鈴の音が聞こえたような気がして、はっとその音のした、橋の方に目を向けました。隣のユウコもその音に気付いたようでした。二人で橋の方を見た時に、雨が「いきなり」止みました。さっきまでの豪雨が嘘のようです。変な天気、と思いながら視線をもとの隣の男性と女性の方に戻すと、そこに大人達の姿はありませんでした。
あれ、と思い、きょろきょろ周りを見回しても見当たりません。その大人たちのいた足元の地面を見ても、水に濡れていただろう足跡もなし。俺は軒先を外れてちょっとお店の横の方ものぞいてみたけど、どこにも大人の人がいる様子は無し。
軒下に戻って、待っていたユウコに「いなかった」と首を振って合図をします。ユウコは少し頷いて誰もいないことを受け入れたようでした。
軒先から出て見上げた空には、さっきまでの雨雲がものすごい勢いで遠くに流れていきます。
まだまだ夏真っ盛りの、真っ青な空と黒い雲から徐々に白い雲に変わって流れていく空から、強烈な日差しが差し込んできました。
「ゲリラ豪雨はこれで終わり」という事にして、雨宿りをやめて、家に帰ろう。
あの二人の大人の事は、良く解らなかったかったし、最後、ちゃんと返事できなかったなぁ、と思いつつ。
軒先を出た俺とユウコは、どちらから、という訳ではなく、二人手をつないで、とはいえ、会話は無く帰路につきました。
久しぶりに俺の家の先にあるユウコの家まで彼女を送り、「じゃ、また」と言って、別れました。後ろからユウコの「また明日ね」という挨拶に、後姿のまま手を振りながら、俺の家に向かって歩き始めます。
その時、風が少し出てきたようで、ユウコの家の方から風鈴の音が聞こえてきました。
そういえば、ユウコの家の和室の軒先に風鈴があったなぁ。しばらくユウコん家に遊びに行ってなかったから、すぐには思い出せなかったけど、雨宿りの時に聞いた風鈴もその音と似ていたなぁ、とぼんやりと思いながら、水たまりをジャンプで避けつつ、俺ん家の玄関に到着。
「ただいま」と、誰もいない家に入り、カバンをソファに投げ出して、冷蔵庫から牛乳パックをだし、そのまま一気に飲んだ後、ふと、リビングの先にある和室の仏壇を思い出した。
リビングを横切り、仏壇を見ると、そこにはおじいちゃんの遺影が飾られています。
その遺影の表情は、いつも通り笑っていました。そういえばさっきの男性の笑った顔もこんな感じだったような、と思ったけど、「まさかね」と独り言ちてリビングに戻ります。
今日は夏休み明け、9月1日。関東大震災のあった日。
テレビのスイッチを入れたら、そんなニュースがかかっていましたが、すぐお笑い番組にチャンネルを変更。
俺がまた小さかったころ、おじいちゃんが、関東大震災のあった時、どんなことがあって苦労して、近所のみんなと助け合って何とかしのいだ、っていう話をしてくれた事を、ふっと思い出しつつ、テレビのスイッチを消しました。
そういえば、今日の学校の事、ごめんねってユウコに謝っていないや。
久しぶりに、ユウコん家に遊びに行こうかな。
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