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けれど彼は、少し前に失恋したばかりだと言っていた。
失恋で傷ついた心を癒やしたかったのかもしれない。
『しれない』ではなく、そうだったに違いない。
菖蒲にとっては、決して忘れることの出来ない大切な思い出だとしてもーー彼にとっては違う。
だからあの夜のことは、一夜限りの魔法。
煌びやかな都会の夜景が望める、お洒落なホテルの一室。
神々しいほどにキラキラと煌めく王子様のような彼は、酔っているせいか蕩けるような甘い眼差しで菖蒲のことを見遣りつつ、今一度甘やかな声音で囁きかけてくる。
『……ここまで連れてきておいて、説得力ないけど。嫌ならすぐにやめる。だから正直に言って欲しい。今ならやめてあげられるから』
おそらく、これが最終確認だという事なのだろう。
ここに来るまで過ごしたBARでオーナーが席を外した際。彼から試してみないかと問われての、不意打ちのキス。
初めてのキスは驚きのほうが勝っていたけれど、少しも嫌じゃなかった。
今ならわかる。その時にはもう既に恋に墜ちてしまっていたのだろう。
あの夜は、まだ自分の気持ちがわからなくて、何もかもを酔ったせいにして。
『キスも嫌じゃなかったし。駿さんになら何をされても平気な気がします。だからお願いします。やめないでください』
『菖蒲ちゃん、可愛すぎ。後で嫌なんて言ってきても、もう離してあげないからね』
『ひゃ……んんッ』
彼に素直な気持ちを伝えすべてを委ねた事で、お試しだというのにリップサービスを怠らない、優しい本物の王子様のような、彼とのチョコのように甘やかな夜はこうして幕開けしたのだった。
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