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解けない魔法
お互いに酔っていたのだと思う。
菖蒲にとって、この男との最悪な出会いから一週間と経たないこの日。たまたま職場の同僚に合コンの穴埋め要員として誘われた。
そこで再会を果たすとも思わなかったし、まさかこの男と一夜をともにする事になろうとは、夢にも思わなかった事だ。
なにせ菖蒲は、この春二十二歳になったばかりだというのに、未だ恋の経験さえもなかった。
だというのに。合コン帰り、この男に助けてもらったのをきっかけに、お洒落な雰囲気のBARに連れて行かれた流れで、大好きなチョコレート談義に花を咲かせる事になった。
その上、長年抱いていたコンプレックスをうっかり吐露してしまった事で、未知の世界へと脚を踏み入れる事になろうとは……。
たとえるならおとぎ話にでも登場してくるような王子様然とした、甘やかな相貌の男から、
『だったら、ちょっと試してみないか? 俺とそういう事ができるかどうか』
まさかそんな提案をされるとは思わず、驚きのあまり問い返す。
『試してみるって、どうやって』
眼をパチパチさせキョトンとする菖蒲の事を、男は思いの外優しげな眩しいくらいの微笑を湛えてやけに甘い声音で囁きかけてくる。
『そんなに難しく考えなくていいから。ほら、目、瞑ってみて?』
あたかも唆されてでもいるかのような心地だった。
この急展開に、なにがなにやらわからないながらも、そんな事を試す方法があるのなら教えて欲しい。不安要素よりも、好奇心の方が遙かに勝っていたのだと思う。
どこからともなく沸き立つ期待感から思わずゴクリと喉を鳴らした菖蒲は、男の甘やかな声音に操られるようにして瞼を閉ざした。
僅かの間を置いて、菖蒲の唇に柔らかな何かが触れる感触がもたらされた。
あの瞬間。おそらく魔法にかかってしまったのだと思う。
今まで自分には無縁だと思い込んでいた『恋の魔法』とやらに。
厄介な事に、今も解けてはいないのだろう。
いや、呪いとでも言ったほうがいいかもしれない。
あのキスのおかげで、今も心は囚われたままだ。
決して叶う事のないこの想いは、昇華されないまま未だに燻り続けている。
けれど、この子がいてくれる。
自分の血を分けたこの子がいてさえくれれば、なんだってできる。
この三年もの間、菖蒲は事ある毎にそう自分に言い聞かせてきた。
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