解けない魔法

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 彼との出会いは、菖蒲にとっては最悪なものだった。  当時、製菓専門学校を卒業し長年の夢だったショコラティエールとして、有名百貨店に店舗を構えるチョコレート専門店で働き始めた頃。急病で欠勤した店舗スタッフの代役を務めていた時の事だ。  社会人になって間もない上に、慣れない店舗業務にもたついていたのも事実だった。  だが各店舗の間で、以前からクレーマーとして知られる傲慢なマダムに、『あら、この可愛らしいお嬢ちゃんは、アルバイトの方かしら。どうりで接客がなっていないわね~』『この店の教育はどうなっているのかしら』『美味しいと評判だって伺ったのに、これじゃあ期待できないわね』と立て続けに罵られ、言い返すことなど許されない菖蒲は頭を下げるほかなかった。  そこに、『あのう失礼ですが、円城寺さんでいらしゃいますよね? いやー、ご無沙汰しております』よく通る爽やかな声音でそう言って現れた、マダムと顔見知りらしい彼の登場によって、マダムの態度は途端に上品なものへと豹変し、その場がおさまったのだが……。  マダムが機嫌良く帰った後。菖蒲が彼に礼を告げた際。 『当然のことをしたまでだよ。それに、まだ君、JKのようだし。可愛いアルバイトの君に、この仕事を嫌いになって欲しくないからね』  幼い頃から標準的な身長を下回っていた菖蒲がもう何百回、いや何万回と耳にタコが出来るほど聞き慣れたフレーズが彼の口から放たれた事で。  ーーまたか……。確かにチビですけど。こう見えてもう成人した立派なレディーなんですからね。女性を見かけで判断したら痛い目見ますよ。それに今どきJKなんて言わないと思うんですけど!    いくら地雷を踏みつけられたとはいえ、助けてくれた事も棚に上げ、菖蒲の胸の内は少々やさぐれ気味だった。  身長一四六センチという低身長である菖蒲にとって、コンプレックスでしかないのだから仕方ない。
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