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だからといって、彼に強引にホテルに連れ込まれたわけでは断じてない。
長年、低身長がコンプレックスだった菖蒲とは対照的で、二十センチほど背も高く華やかな容姿をしている、五つ上の女性の鑑のような姉・咲良と比較され続けたせいで、女としての自信など持てずにいた。
そのせいか昔から猫背気味だったし、見た目が少々地味で野暮ったく見えるというのもあったかもしれない。
全ては菖蒲がそう思い込んでいるだけだ。咲良とは身長差があるだけで、実際には容姿も劣ってなどいない。
むしろ咲良を含め両親や周囲からも、小動物のようで可愛いと思われているぐらいである。
勝気な性格こそ似ているが、先に生まれたせいか、咲良の方が自由奔放でいささか我儘なところがあった。
というのも、咲良はまだ大学生の頃より読者モデルとして活躍しており、周囲からチヤホヤされてきたせいだ。
今では売れっ子モデルとして雑誌やメディアで見ない日がないほどである。
それゆえに菖蒲は、幼い頃より周囲の男子から『チビ』と呼ばれ女の子扱いされたことがなかった。
今では完全に居直ってしまい、『どうせ私なんか』と開き直って、恋よりも仕事。
早く一人前のショコラティエールになって、いつの日か自分の店を出し、日本一のチョコレート専門店にしてみせる。
そんな無謀な夢を掲げて、恋愛事から逃げてきた。
けれど本当は、心の奥底では、恋に恋い焦がれていたのだ。
友人に彼氏が出来るたびに羨ましかったし、いつか自分にもーーそんな風に夢見てきた。
だが咲良の存在が厚く大きな壁のように眼前に立ちはだかり、一歩踏み出す勇気が持てずにいただけ。
彼はそんな菖蒲の背中を後押ししてくれた。
合コンでの自己紹介の際にも、杜若菖蒲ーー漫画の主人公のような名前を耳にしても、クスリとも笑わなかったのは彼だけだったというのもある。
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