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誰もいない家で、僕は一人夕食の支度をしている。
大学入学を機に親元を離れた僕は、こうして自炊をしながら自分の力で生活している。
最初は何からしたらいいのか分からなくて、ひたすら母親のありがたみを噛み締めていたけれど、こうした生活も4年目を迎えると何事もそれなりにこなせるようになってくる。
今日も大学に行って帰ってからの掃除と洗濯、そして夕食作りは順調に終わろうとしている。
あ、お風呂の支度もしておこう。
僕は鍋の火を止めるとバスルームへ行ってさっと洗い、お湯はりをする。とそこへドアの鍵が開く音がした。
「おかえりなさい」
急いで向かった玄関で、ちょうどドアから入ってきたその人に声をかける。そしてカバンを受け取るとその人の後に続く。
「いまごはんを用意するね」
リビングに入って受け取ったカバンをソファに置くと、僕は直ぐにキッチンに入った。その間帰ってきたその人は表情ひとつ変えず、何も言わない。だけど僕は別にそんなこと気にもとめずにごはんの準備をすると、テーブルに着いたその人の前に料理を置いた。
「ハンバーグか・・・気分じゃないな」
目の前に置かれたハンバーグを見て、その人は不機嫌そうに片眉を上げる。
「ごめんなさい。すぐに違うものを・・・」
そんな彼の言葉に直ぐに料理を下げようと手を伸ばした僕をさえぎって、彼は構わず箸を手に持つ。
「別に食べないなんて言ってない」
そう言って食べ始める彼を見て、僕は慌ててごはんとスープを用意する。
親元を離れてここに住むようになった僕は、実は一人暮らしではない。この人・・・大雅と一緒に住んでいるんだ。
僕は物心ついた時から、常に他人に人生を決められてきた。
小さい頃は当たり前のように親が決め、幼稚園に入るとそれは先生だったり友達だったり・・・。
好きな色。
好きな食べ物。
好きなおもちゃ。
それらを選ぶ場面になると、僕が言うよりも早く違う誰かが決めてしまう。
『歩夢くんはこれだよね?』
悪気も嫌味もなく、当たり前のように差し出されるものに、僕もまたなんの疑問も持たずに受け取っていた。そのせいか、僕はそれが当たり前になり、自分では何も決められない子になっていた。
そんな僕が大雅に会ったのは中学の頃だ。
小学校が違う大雅を初めて見たのは入学式で、まだまだ子どもっぽい子が多い中、大雅は背が高くて一人大人っぽかった。それはすごく目立っていて、大雅を見ていたのは僕だけじゃなかったと思う。だって背が高くて大人っぽくて、その上すごくかっこ良かったから。
後で分かったんだけど、大雅はこんな田舎では珍しくアルファだったから、それも当たり前だったんだよね。でもその時はまだみんな第二性診断前だし、アルファなんてほとんど見たことない子達ばかりだったから、みんな大雅のかっこ良さに見とれていたんだ。だから大雅はあっという間に中学校の有名人になった。
大雅と同じ小学校の子は当然のように大雅に話しかけ、それを羨む他の子に優越感を持っているようだった。だからそれを見て他の子も大雅に話しかけようと大雅の周りに集まり、入学したてとは思えない程の異様な熱気が教室に立ち込めている中、なぜかその中心にいる大雅は僕のところに来たんだ。
何も決められない僕でも空気は読める。
みんなの注目の的の大雅がこちらに来る気配に危険を感じた僕は、本能的にそこから逃げようとした。けれどそれを察した大雅に、僕はあっさり腕を掴まれてしまう。
『君、オレの舎弟ね』
にっこり爽やかに笑いながらのその言葉に、僕は何が起こったのか分からない。でも大雅は笑顔を崩さず腕も離さない。その笑顔が余りにもかっこ良くて、僕は何を言われたのか意味をちゃんと考えないまま頷いてしまっていた。そしてそれ以来、僕は大雅のそばにいることになる。
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