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俺自身は、所謂悲惨な幼少時を過ごしているので、まともな幼児の気持ちなんてわからない。
けれども、この世話をしている坊っちゃんは毎日ひっつくように、夜の厠に誘われる程の交遊があることで、そこそこにわかるつもりだ。
で、そのそこそこでも坊っちゃんは"兄さあ"である兄君をとても慕っていて、尊敬しているのがわかる。
そこをご両親である旦那様や奥様に「兄弟の様に」と言われても、子供心に複雑でしかないだろう。
多分、俺は幸いなことに嫌われてはいないのだろうけれども、到底坊っちゃんの大好きな"兄さあ"こと兄君には及びもしない。
どちらかといえば、坊っちゃんの方に何かといえば、
『おいしいおかし、もろうたから、わいにもやる』
とか
『かわいらしい花もらったら、一緒に押し花にしてくいやい』
とか
『わいは、おいがおらんとやっせんな!』
と、幼児なりに年上ではないにしても、主人ぶることが殆どだ。
それを兄弟の様に思えと、多分旦那様も奥様もおおらかな方だから、冗談混じりに告げたのだろうけれども、それは酷というものだ。
それに俺にはそもそも兄さとなるには決定的な部分がかけている、というか無い。
「あたりまえじゃ!おまんはおなごんくせに、どうして自分のこつを俺とゆうちょや!」
「それは、こちらでは女の一人称が俺でもあるからですよ、坊っちゃん」
もう幾度めかとなる指摘を坊っちゃんからされるけれども、余程の生活に余裕がある育ちでもない限りは、女だって私とは言わないから、事実をそのまま返す。
俺も、屋敷で働いている間は私というけれども、平常運転は一人称は俺である。
「おまんが"俺"なんていうから、おやっどもかかどんも、兄弟みたいに思えばいいとかにこにこしながらいうんじゃぞ!」
「だから、安心してください。兄君になんて俺は到底及びませんから」
先程までのしおらしさを故郷の活火山の様に噴火させて坊っちゃんから文句を告げらるけれども、俺もなれたもので、面倒くさいがそう返事をする。
猿の叫びの様な悲鳴をあげなければ、本当に可愛らしい坊っちゃん。
今日も「おまんと結婚したいのに、兄弟とはなにごつか!」と使用人の服ーーーメイド服の裾を掴んで、俺の知らない御国言葉を叫んでいる。
いつか、暇がで来たなら、奥様に「といえ」の意味をうかがってみようと思うけれども、今は面倒くさい。
そんなことを考えながら、俺の背中に自分の握力でへばりついている坊っちゃんをそのままに、竹箒を手に掃除を再開する。
そして、夏季休暇で戻ってきた初対面の兄君と坊っちゃんが"一人称俺メイド"を巡って恋の鞘当てになるという、メイドにとって心底面倒くさいことになるのは、また別のお話。
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