5人が本棚に入れています
本棚に追加
その言葉が合図であったように、女は玄関を開け土足で中に入る。丁度夕食の最中だった銀造は、「か、加代!ひっ、ひぇー」
と叫ぶや否や裏口から脱兎の如く逃げ出した。
五
銀造は滅茶苦茶に道を走った。どこをどう走っているのか、ここが何処なのかすらも判らなかった。
加代が現れた時、話し合うとか考えられもしなかった。目に狂気の色を湛え、こちらを見詰めた時に「殺される」しか頭に浮かばなかった。川の畔に出る。加代は追跡を諦めただろうか。
周囲を見回す。人影はない。
銀造は地面に腰を下ろした。川辺に吹く風が体の汗を引いてゆく。体の力が一度に抜けていくのが感じられた。
加代はどうやってあの家を突き止めたのだろう。疑問であるが、何となく銀造は加代ならやりかねないと思えた。
「こちらでしたか」
背後から声が掛かる。銀造はゆっくりと振り向いた。
加代がいた。先程の鬼女の様な表情は顔から消え、全くの無表情だ。
「何故お逃げになったのです」
「あの宝は私達が幸せになる為に使うべきものだ。あんな山奥にずっと隠していて何になる。お前や子供の為を思って私は……」
「お黙りなさい!」加代が叫ぶ。
最初のコメントを投稿しよう!