5人が本棚に入れています
本棚に追加
熱冷ましや腹下しなどの内服薬と、傷や虫刺されなどの外用薬を売り、一安心した銀造は、その後、女から問われるままに東京や横浜の様子、今まで自分が行商で行った土地のことなどを話して聞かせた。
少し距離が縮まったからか、女は自分を金窪加代と名乗った。
何でも生まれた時からここに住み、この近隣以外に外に出たことがないと言う。両親が数年前に流行り病で相次いで亡くなり、以来一人暮らしとのことだった。
美人相手で舞い上がっていたのもあるが、夢中になって話している内に、外はすっかり暗くなっていた。
外に出て途方に暮れたが、覚悟を決め、
「それでは、これで失礼します。有難う御座いました」
礼を述べ闇夜の中を歩き出した銀造の背に、加代の声が掛かった。
「お待ち下さい。あの……もし台所の土間でも良かったら、今夜はこちらにお泊り下さい」
銀造は躊躇いがちに、
「しかし、そういう訳には参りますまい。この家には貴女お一人しかいませんし」
「良いのです。長話で引き留めたのは私ですし、若し山道で狼に出くわしては一大事です」
狼に出くわした時のことを想像し、身震いする。
最初のコメントを投稿しよう!