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「そうだ。マスターは僕を、友達として造った。もう、百年近く前の話だ。マスターはとうにこの世にいない。村の人々は、アンドロイドの制作者を気味悪がっているんじゃない。人間の制約を離れ、新たなアンドロイド制作の技術を人間の政府に売り込み続けている、得体のしれないアンドロイドを、心底恐れているんだ。そいつが、自分と同じようなアンドロイドを生み出したとなれば、なおさらだろうな」
私は、兄さんの体を雨からかばうように覆いかぶさった。
チリチリと、わずかな音が兄さんの体の中から聞こえてくる。今にも消えてしまいそうな、心音のようなか細い音が。
「ベータ―。僕は、ずっと壊れたかったんだ。マスターとは五年ほど一緒に暮らした。とても仲良く。でも、マスターは、テープレコーダーに遺言を吹き込んで、僕の知らぬ間に首を吊って自死した」
『君を造ってよかった。でも君はまるで人間だ。だからいずれ僕から去っていくのだろう。両親のように、これまで僕が出会ってきたすべての人たちのように。でも、もう今の僕は、……君に去られるのは耐えられない。それなら僕がいなくなろう……』
「それを聞いてからの僕は、人工神経中枢が、ヒビひとつないのに何度も粉々になるような痛覚に襲われて、存続していることが苦痛だった」
僕の体をかわした雨が、兄さんの顔を濡らしていく。幾筋化かの細い水流が、兄さんの頬を滑り降りていった。
「友達ではだめだったんだ。いずれは別の道をたどるから。だから僕は弟を造った。これで、ようやく僕はいなくなれると思った。いつだって壊れてしまいたいと思っていたけれど、僕がいなくなれば、この家とラボはなにで、マスターはどんな人だったのか、その存在ごと忘れ去られてしまう。ベーター、僕は、僕の設計図をほとんどそのまま流用してお前を造った」
私は、自分の体を両腕でかき抱いた。
同じ。私と兄さんの体は、同じ。
「僕たちの人工知能は新しいものを作り出すことはできないが、すでにあるものはいくらでも模倣できる。だから兄弟なのさ。そのお前が覚えてくれていたらいい、マスターのことを……できるならほんの少し、僕のことも。アンドロイドなら、決して忘れない。あのラボをひっくり返して、どうか、マスターの痕跡を、記憶を……すべて……」
兄さんの体内の音がさらに弱くなっていく。
私は、遮電布をかぶり、兄さんの体を抱き上げた。
「マスター……今、おそばに……」
兄さんは沈黙した。
間もなく、すべての機能を停止するだろう。
私はラボへ向かった。
嵐は続いているが、幸い、ラボは遮電布で覆ってある。
ドアを開け、作業台に兄さんを寝かせ、それから部屋の中を急いであさった。
私と兄さんの設計図らしいものは、すぐに見つかった。
私は兄さんと同じ設計をされている。兄さんは、新しいものを作り出すことはできなくても、すでにあるものはいくらでも模倣できるといった。
なら、私にもできるはずだ。
設計図があり、設備があり、なによりのサンプルである私という完成品があれば、なおさら作業は容易だろう。
私には、兄さんの体を、造れるはずだ。
兄さんの人口脳にケーブルをつなぎ、取り急ぎメモリーの保存を行った。人間でいえば、人格や記憶を保全するのに当たるのだろう。
それが有線一本で確保できるのだから、アンドロイドというのは、なかなかいいものだった。
百年近く前から壊れたかったのに、申し訳ありません。
それは、今少しだけ先のことにしておいてください、兄さん。
私はまだ、あなたといたい。
あなたの記憶を持ちながらぼっちでいるのは、どうやら私には、耐え難いことなのです。
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