万物料理人 味がわからないのに異世界であらゆるものを調理する

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 料理のことは、知識でしか知らなかった。    味わったこともなければ、この手で作り出したこともない。    自分の人生には料理というものは無縁なのだと諦めていた。    でもだからこそ、かすかにでも関わりを持ちたくて、貪るように知識を吸収した。 「そんなあなただからこそ、お願いしたいのです」    自分が死んだらどこに行くのだろうと、ずっとベッドの上で考えていた。地獄へ落とされるほどの悪行はしてないけど、天国へ昇天できるほどの善行も積んでない。しいて云うなら、ほとんど何もしていないに等しい。でもせっかくこの世に生を受けたのに、なにもしていないというのはやはり罪なのではないだろうか。人の役に立ったり、社会に経済活動などを通じて貢献したり、生まれてきただけで価値があるという考え方もわからないではないけれど、物心ついたときから病院のベッド生活の自分には綺麗事じみた考えに思えた。    だから自分はどちらかと云えば地獄行きなんだろうと思っていた。何にも貢献していないけど、少なくとも両親に様々な面で迷惑をかけている。病院暮らしで世間知らずの自分にも、特に金銭面では多大な負担を強いていることくらいは痛いほどわかる。それでも欲しい本などをねだってしまうのだから、我ながら救いようがない。    そう、自分とは救いようのない人間なのだ。ずっとそう思って生きてきた。だから自分は死んだらどこに行くのかと、ずっと思っていた。 「ここは旅立ちの場です。あなたの行先は、未だ決まっておりません」      真っ白な空間。目の前には白の世界に映える黒の人影、らしきもの。まばゆいばかりの後光が逆光となり、白の空間にシルエットのみを浮かび上がらせている。    シルエット姿から、ウェーブがかった長髪にローブを纏っているような形状ということが類推できる。手には杖らしきものも持っている。ゴルフクラブを逆さに持ってるという可能性もあるけれど、ポロシャツ姿には見えないのでたぶんそれは考えすぎだろう。    ぱっと頭に思いつくのは、神様、と呼ばれる類いのものだった。ゼウスっぽい雰囲気だ。 「自分は死んだんですね?」    ほぼ確信を持って言った。 「察しがよろしいことで」    死はいつも自分の近くにあった。いつ死んだっておかしくないと思っていたし、いつ死んだっていいと思っていた。両親に迷惑をかけるだけの人生ならいっそのこと死にたいと猛烈に願ったときもあったけれど、そういう願いや思いを抱くこと自体が両親を悲しませるのだと知り、その願いは封印した。 「それで、自分はどうなるんですか?」 「あなたは良きも悪きも行っていない、判別不能なものです。どこへ旅立たせるべきなのか、私にもわかりかねます」    なにもしてないのだから神の裁きすら下されない、ということなのであれば、それはまさに自分にぴったりすぎて苦笑するしかなかった。 「そういう者には、やり直し、延長戦、モラトリアム、などの選択肢を与えてもよいのではないか、という意見が最近の風潮です」    ここがどんな世界なのかはわからないけど、流行の思想とか廃れた哲学とか、そういうのがあるのだろうか。絶対普遍の揺るぎない観念のようなものがありそうな雰囲気だったので、かなり意外な気がした。 「どうでしょう?あなたの人生、生き直してみたいとは思いませんか?なにか思い残したことや、やり残したこと。あるいはやりたかったことなどは?」 「ありません」    嘘だった。神とおぼしき存在に即答で嘘をつくことは、閻魔様に裁かれる罪なのだろうか。 「ない、ですか。なるほど。であるならば、丁度よい」    ローブシルエット(仮称)はふむふむと頷いている。 「あなたに任せたい仕事があるのですが、やって貰えないでしょうか?」
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