1、封印を解かれた人形

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「お内裏さーまとお雛さまぁー、ふーたり並んですましがおー」  塗りのお膳に、色鮮やかな菱餅。金の飾り手の付いた箪笥長持ちに鏡台。今にも音楽を奏でそうな五人囃子。雛壇の谷間を縫うように渡って、鈴が鼻歌を歌う。 「で、件のお人形さんはどれですか?」  私たち姉妹の師匠、青蓮尼の一人息子である将大が尋ねる。  黒のニットにツイードジャケット、伊達眼鏡までかけて、すっかり私たちの助手兼マネージャー気取りだ。  私たちより五つ年上の将大は、この春、京都の私立大学を無事に卒業した。  だが生来の呑気癖が祟って就職活動に乗り遅れ、ついに勤め先が見つからないまま今に至っている。  世間の敷いたレールから外れたことも、将来の見通しが立っていないことも、本人が気にする様子はまるでない。  周りの心配などどこ吹く風。家業の手伝いをしながら、飄々と日々を送るさまは、泰然自若の風情すら漂っている。  お師匠さんも息子のことは諦めたのか、はたまた深い思慮があるのか、一切口を挟まず本人の好きにさせている。 「この子、ですよね」
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