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優雅に尾羽を広げた孔雀の屏風を背景に、その市松人形は立っていた。
一目見て、人形にしては大きいと思った。三歳児ほどの背丈がある。
次いで黒繻子に蝶の舞う振袖、金襴緞子の帯と、贅を凝らした衣装に目が吸い寄せられる。
漆黒の瞳に白くまろやかな頬、柔らかそうな唇。指先にまで魂が宿るかのようだ。髪は肩の下で真っすぐに切り揃えられていた。
一流の職人の手仕事だと、素人目にも明らかだ。だがこの部屋の人形の中で、一体だけ、異質な空気を纏っている。その市松人形には、冷え冷えとした暗がりが、煮凝りのように纏わりついていた。
「目玉がぎょろぎょろ動いてる」
私の耳元で、鈴が囁く。だがすぐに興味を失って、雛人形の群れに舞い戻る。
「きーんの屏風にうつる灯をー、かすかにゆーする春の風ぇー」
鈴が夢中になるのも無理はなかった。私たちは雛人形を持っていない。
家にはそんな余裕が無かったからだ。それほど雛人形が欲しかったわけでもない。ただ父の前で、母がこの世に雛祭りなど存在しないように振舞うのが侘しかった。それが手の込んだ当てつけだと、子供心にも分かったから。
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