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風が湧き、木立が騒めいた。千切れた熊笹の葉が狂ったように舞い飛び、足や手を引っ掻いていった。
さすが、琵琶湖の龍は凄い。右手を添えて抑えてやらないと、左腕ごと持っていかれそうだ。蛇の祠など、龍の前では一溜まりもない。
「遠つ御祖の神」
巣穴ごと、吹き飛ばす。
「御照覧ましませ」
冷やりとした風が、身体を突き抜けた。ブレスレットが弾け飛ぶ。
轟音と共に風が渦巻き、祠が木っ端みじんに砕け、吹き飛んだ。白蛇が柳の高い梢に打ち付けられたかと思うと、枝もろとも堅い団子のように絡まり合った。吹きすさぶ風の中、暴れ狂う枝に、執拗に巻き付く。
竜巻の中を閃光が迸り、青白い夜空に大木が銀色に浮かび上がった。次の瞬間、めりめりと音を立て、白蛇が裂けた。
写真のネガのように反転した世界で、蛇は捩じ切れた身体をのたうち、瞬く間に風の渦に飲み込まれていった。
「おおっと」
がくりと膝をつき、地面に崩れ落ちる寸前で、将大に抱きとめられた。
「ほんま、無茶するわ」
これをやった後は、暫く体に力が入らない。立ち上がることすらできなくなる。
「龍をコピーするやなんて。なんぼ何でもやりすぎちゃうか」
懐中電灯を照らして、体のあちこちをチェックする。空から降って来た木の葉が、乾いた音を立てながら、私たちの周りに降り積もってゆく。
柳の幹には巨大な爪で引っ掻いたような跡が幾筋も残っていた。
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