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「冬が来るだろう。人の子は寒いのがだめじゃなかったか。冬を越すコートに、ブーツも買わねえと」
「じ……自分の服くらい自分でなんとかします」
「でもここに来ていることは、家の人間には秘密だと、そう言ってただろう」
キアンの言葉に、ファルは息を飲んだ。
……キアンのもとに弟子入りした時、さり気なくつぶやいたその一言を、彼は覚えていたらしい。
何も聞いていない顔をしていたくせに。とファルは彼を軽く睨む。
「魔法薬を作るんですか? 作るんですよね」
「そうだ。それで俺はしばらく手を離せん。だからお使いを頼まれてくれ」
思わず飛び上がったファルだが、その気の高ぶりはキアンによって防がれた。
彼はファルに大きな壺を持たせる。つん、と香るのはローズマリーと豚肉の甘い香りだ。朝露で洗ったローズマリーは普通に洗うより、爽やかな香りがする。
「アイラ用の風邪塞ぎの妙薬だ。今日はマリアがここまで来られねえからな、お届けだよ。花売り館の奥の部屋にいる。入り口にはマリアがいるから案内をたのめ。くれぐれも、他の部屋を覗くんじゃねえぞ、お前にはまだ早い」
「僕も魔法薬を」
「それもまだ早い。弟子の仕事はお使いだろう」
背を押され、ファルは抵抗するが虚しく扉の向こうに押し出される。
転がりそうになるのを必死にとどまり、振り返ると木の重い扉が閉まるところである。
「仕事をしろ、不肖の弟子」
憎々しい師の声を聞いて、ファルは鼻を鳴らした。どんなに文句を言っても、この扉は開かない。
ならば出来ることは一つだけ。
大急ぎで仕事を終わらせるのだ。
(……早く戻れば少しは見られるはずだ)
久しぶりに浮き立った気持ちで、ファルは思い切り眠らじの森を駆け抜けた。
……が、気分が盛り上がったのは一瞬だけである。
「ファル、お前、魔法使いに弟子入りしたって聞いたぜ」
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