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南国跳び豚 湖水ワイン煮込み
「……ファル。風邪防ぎに効く魔法薬は?」
低い声に促され、ファルは目を閉じる。
「これは試験だ」
ハーブの香りが混じり合う、薄暗い室内。
ぱちりとはぜる炎の音に、壁に刻まれた古代の文様。
遠くに聞こえる、薄気味悪い鳥の声。
「ファル。さあ一回で当ててみなさい」
ささやくようなその声がファルをなでた。
「……ファル」
低い声を出すのは、わざとである。
しわがれたような咳払いをしてみせるのも、多分わざとだ。
「お……おい、ファル、早くしろって。早くしねえと客が来る」
その証拠にファルが動きを止めると、あっと言う間に化けの皮が剥がれてしまうのだから。
「夕暮れの雨が降るまでもう時間がねえんだって。急げ。ほんとに」
「……細かく刻んだ豚の脂に赤身肉の細切れ。ローズマリーと、胡椒、生姜も山盛り」
仕方なくファルが呟けば、安堵のため息が響く。
「なんだよ。分かってるじゃねえか……ローズマリーを朝露にくぐらせておいたか?」
「3度ほど」
黒石の刃で切り刻んだ豚の赤身に塩を揉み込み、ハーブをまぶす。いくつかのハーブの中でも、濡れたローズマリーは特別爽やかな香りがする。
分厚い鉄の鍋に豚の脂を落とせば、あっという間にそれは黄金色の液体となった。十分熱せられたところ赤身肉を加えると、真っ白い煙がファルの顔を撫でる。その香りをファルは胸いっぱい吸い込んだ。
豚の脂は熱を帯びると不思議と甘く香る。
「忘れちゃいけないのが湖水地方のワインだ。渋いから料理によくあう」
「うる……入れるところです」
うるさいな、とうっかり漏れかけた言葉を飲み込んで、ファルは重い瓶に手を伸ばした。
黒の瓶に詰まっているのは、渋くて濃厚なワイン。
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