メイドの談話

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 ただ自分が甘いだけなのかもしれない。でも少なからず彼に救われた人間もこの場に一人いる。せめてもの恩返しだ。  申し訳なさげに頭を掻くエルシアをよそに、ほんの少し目を逸らしながらダージリンティーを口に含む。 「かつての私も、あなたのように他者を信頼しませんでした。``専属メイド``としてその全てを捧げ、生涯を終える。そのためだけに生きることを強要されてきた身なので」  その言葉に、エルシアは固唾を飲み、黙して言の葉の続きを待つ。  似たような境遇を言葉の節々から感じ取ったのだろう。本当は少し違うのだが、本質は同じようなものだ。澄男(すみお)も己の父が憎かったように、自分もまた己の父が憎い。  水守(すもり)家の現総帥にして、かつて流川(るせん)本家の守備隊隊長を務めていた父―――水守(すもり)璃厳(りげん)。武力統一大戦時代こそ世界の覇権を握る流川(るせん)の猛将の一人であったが、終戦後はただの悪虐そのものに成り果てた。  数多いた兄弟姉妹も父の悪辣な修行によって、最後に残ったのは自分だけだった。そして最後に残った自分にさえも、まるで興味がないかのように切って捨てた。  父は何をしたかったのか、何を望んでいたのか。今になっても分からない。ただ弱者を弄びたかっただけ。かつての自分はそう考え、疑いもしなかった。  だが彼と出会い、刃を向け合ったあのとき。自分にも、あの汚らわしい父の血が流れていることを、明瞭に自覚した。たとえ考えは違えども、父子の関係はそう簡単に潰えてはくれなかったのだ。
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