出会いの時〜新たな道へ〜

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 そして、僕がコーヒーを淹れ自分の席に視線を向けると、そこには僕のノートを真剣に見つめる女性の姿があった。  何やらブツブツと口にしていてとても気味が悪い。あの気持ち悪い女のいるところへ戻らなくてはいけないというこの現実が夢であれば良いのにと無駄な事を考え、僕は意を決して席に戻った。 「あの、他人のノート見てどうかされましたか?」  恐る恐る話しかけた僕とは裏腹に女性は長く綺麗な茶色の髪の毛を撫で上げ、切り目の鋭い瞳を輝かせていた。 「ストーリー…凄く練られていますね。実は私もストーリーを描くのですがここまで書き込んだ事はありませんでした」 「は、はあ。お姉さんも書くんですね」  軽く愛想笑いをしてあしらってしまうつもりだった。気まずくなれば相手の方から「じゃあまた」なんて言って何処かへ消えてくれるだろうと思っていた。  それなのに、お姉さんは僕の目の前の席にしっかりと座り、僕のノートを指差しながら子供のような笑みを浮かべて語り始めた。  一見、落ち着きのある大人の女性に見えるのだが、その表情からは幼さを感じさせられた。だからだろうか、僕もいつの間にか警戒心を解いてしまい気が付けばお姉さんのペースでの会話が弾みに弾んでいた。  そして、かれこれ一時間ほど話し込んだ頃、お姉さんが何かを思い出したかのようにハッとなりふふっと笑い出した。  その笑みの意味がわからずに首を傾げていると、お姉さんが話し始めた。 「そう言えば、私達。自己紹介すらもしていないね」 「あ、そう言えば…」  互いが話に夢中になっていた為、人として一番初めにするべき事を疎かにしていた。  そして、お姉さんは微かに笑みを浮かべながらも自己紹介をし始めた。 「私は桜井美香。アパレルの仕事をしつつ夢を追ってる、今年で二十五歳のお姉さんです。君は?」 「僕は作夜雄一。大学二年生でバイトをしつつ執筆に追われています」 「そうか、大学生か〜」  そういって桜井さんはニヤニヤと僕の顔を覗き込んできた。 「なんですか、桜井さん」 「ん?べっつに〜?ただ大学生って可愛いなぁと思って!」  何故か下に見られたように感じて少しだけ悔しかった。だが、相手は社会人のお姉さんで僕の方が明らかに劣る人間だろう。まあ、人に優劣を付けるべきではないのだが、もし優劣を付けるとしたらの話だ。 「桜井さんこそ、社会人って事はお金持ってんだから自由で楽しそうじゃないですか?」  僕が皮肉交じりにそう尋ねてみると、意外にも不服そうな表情で、んーとうなっていた。 「まあ、お金はある、よね。でも、私が欲しいのはお金じゃないから!」 「それはお金のある人しか言えないですね。世の中は所詮お金ですよ。お金のある人が誰よりも自由で誰よりも幸せなんだと思います」  僕がわかったような口を聞くと、桜井さんは小馬鹿にするように鼻を鳴らして笑っていた。 「雄一君。君は相当な捻くれ者だね。だから、一つだけ先輩からの忠告ね。私はお金のない苦しみは知らないけれど、お金があっても結局辛い事だらけなのが人生なんだよ」 「桜井さんも二十五歳の若さでそんなこと言うって事は、それなりに捻くれてますよね?」  僕が煽ると、桜井さんはあははと笑った。 「君は中々に面白い!というか、美香さんでいいよ?呼び方」 「美花さんですね、分かりました。じゃあ僕の事は苗字で呼んでもらっても良いですか?」  と、一風変わった返しをすると、美花さんは「なんでや!」と天然ノリツッコミを披露してくれた。  大人の魅力を持っている美花さんだが、気さくで話しやすく、最初の印象が嘘かのように上書きされていった。そして、それからも僕らの物語創作談義は続き、どんどん熱をあげていったのだ。
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