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そして、さらに一時間程経過して外は既に暗くなっていた。
「それにしても、雄一君のストーリーは沢山描き込まれてて世界観広がるよね」
「そうですよね!やはり、物語は結から書いて何十もの伏線をたて回収していく。そういった緻密な組み立てが重要ですよね!」
僕が自信満々にそう語りかけると、美香さんは少しばかり首を傾げていた。
「でも、雄一君のストーリーって混在しすぎじゃない?伏線を上手くまとめられればいいのかもしれないけど、大体の読者はまとまる前に逃げちゃうでしょ」
「そ、それは読者がついてこれないのが悪いんじゃないですか?勿論、全ての人に面白いって思われるなんて無理ですし、理解してくれる人だけ楽しんでくれれば…」
僕がそんなことを言うと美香さんはあからさまに機嫌を損ね始めた。その切れ目から放たれる威圧に少し気圧されそうになるけれど、ずっしりと身構え彼女の言葉を待った。
「全ての人に理解してもらおうなんて、私の妄想なのかもしれない。でも、それを諦めてしまうことは創作者としての逃げ道なんじゃない?」
美香さんの声には怒りよりも深く重い音が混じりあっていて僕の心臓を鷲掴みにしているようだった。
「でも、人それぞれ好きな作品は分かれるじゃないですか」
「違うでしょ!本物の名作は誰が読んでも分かりやすく、面白かった、有意義な時間だったと思わされる。私はある程度の作家になりたいんじゃない!私は作家としての最果てを見に行きたいんだ!」
何を夢見がちな言葉を並べているのだと、反吐が出そうになった。それと、同時に美香さんが輝かしく見えて羨ましく思えた。けれども、僕の抱いたその感情が過剰なほどの嫉妬であるとも知らず、苛立ってしまった。
「大物作家になるような人は二十代に入る前には名前を売り込めているのが道理です。僕もそうですが、美花さんもこの先作家としての成功はある程度のものしかないんじゃないですか?」
ああ、僕は何を思ってもないこと言っているのだろうか。そう考えたときにはもう遅くて、美花さんが僕のことをものすごい形相で睨みつけていた。
「そうね。君の言うように私は作家として大成功できない人間かもしれない。そもそもが、私みたいな人間、小さな成功ですら誉れだわ。けどね、そうじゃないんだよ、私は…」
美花さんは何かを言いかけて言葉を止めた。
「そうじゃないならなんですか?」
僕がそう問いかけると、首を振って席を立った。
その時の美花さんの表情がとても儚げだった。それでいて、僕に対する嫌悪感を全面に出しているようだった。
僕の自意識による気のせいなのかもしれないと一瞬考えたが、彼女が向けてくる視線は確かに冷ややかで、いかにも他人だった。そうだとすれば、僕もこれ以上は関わろうと思わない。
いつになく話し込んではしまったが、冷静になれば追いやりたかった他人が自ら消えてくれそうなのだ。これ以上のことはなにもないだろう。
席を立ったまま何も言わない彼女を見上げて僕は言葉にした。その言葉は僕の気持ちではなくただ、彼女を追いやるためだけのモノだった。
「僕に構う時間があれば、あなたも自分の作品を手掛けてはどうです?」
「ええ、そうするわ…」
彼女はそう言い残して、あっさりと身を引いていった。その姿を見て、僕は伝票を手に取りファミレスをでることにした。
夜になれども、止む気配すらも感じさせないこの雨空に僕は問いかける。
「僕は誰かの人生を救う小説を書けるだろうか」
この問いかけに返答があるわけもなく、僕は鼻息混じりに笑ってしまった。
「ああ、今日はなかなかに良い天気だな」
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