【1】あくまでラブコメしたいだけ

3/11
231人が本棚に入れています
本棚に追加
/195ページ
時刻は19時55分、駅前の大きな映画館。 7月下旬のこの時間、人の熱気もあって外は絶好調に蒸し暑い。 冷房の効いた館内。喧騒の中、振動するスマホを耳に当てるとあまり聞き慣れない声がした。 『あ、もしもし……?』 「え、あ、はい」 『オレだけど、あの……今どこかな?一応着いてはいるんだけど』 実は今日、最近始めたマッチングアプリで連絡をとっていた人と映画を観る約束をしている。 今まで何人かの男の人と会ってきたけどいかんせん、みんな遊び目的なのだ。 とは言いつつ、私も別れたばかりなのでそこまで本気で彼氏を探しているわけでもないけど 年齢的にも、このままずっと独り身なのもそれはそれで悲しいので、できたら良い人いないかなんて考えている。 ちなみに今日会う人は、職場の最寄駅が一緒らしく、メッセージのやり取りからも真面目で好印象。いたって普通の会社員だということだ。 前もって交換していた連絡先。初めて聞く彼の声に若干の緊張を覚えつつ、私はキョロキョロと辺りを見渡しながら 「わ、私もついてます!あの、エスカレーター上がったところの……」 「エスカレーター?あれ、今オレその近くに……」 スマホの中の声が、背後から聞こえてきた声と重なって聞こえる。 驚いて振り返ると、柱の影からスラっとしたワイシャツ姿の人が現れた。 「あ、初めまして……未祐さん?」 清潔そうな黒髪に、緩められた青いネクタイに白いワイシャツ。 スマホをズボンのポッケに入れながら、幼い笑顔を浮かべ近づいてくるその人を見て 私は自分のスマホを耳につけたまま固まってしまった。初対面のはずなのに、私はその人を知っている。 段々と熱くなる身体、パッチリとした二重の瞳に吸い込まれそうになりながら、私は躊躇いがちに口を開いた。 「あ、新木(あらき)先生……?」 「……え」  
/195ページ

最初のコメントを投稿しよう!