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消えてしまいそうな私の小さな声に、彼の表情が一瞬で凍りついた。
そりゃあそうだ。だって彼は、自分の名前を公開していない。
アプリ内でも「Sさん」って名前だったし、事前に交換していた連絡先も同じ名前でしか表示されていない。
なのに、私は知っていた。
ザワザワと楽しそうな周囲の声、ポップコーンのキャラメルの香りが鼻をくすぐる。
驚きで固まってしまった私。そんな中、先に口を開いたのは彼だった。
「どうして、オレのこと……」
さっきまでの幼い笑顔はない。
少しだけ警戒するような彼の表情を見て、私は慌てたようにスマホを耳から離し
「あ、私っ、その、新木先生の職場の向かいの薬局で働いてて……っ!」
「薬局?あーあそこね。ごめんごめん、そういうことか。すごい偶然」
「すいません驚かせてしまって……私もまさか新木先生だなんて」
そう、彼は私の職場の向かいにある歯科医院でドクターをしている新木紫乃先生。
何人かいるドクターの中でも、患者さんに対して人当たりも良く腕も良い、何より若くて笑顔が可愛いの……って、この前患者さんのおばあちゃんが言っていた。
ペコリと私が頭を下げれば、新木先生は可笑しそうにクスクスと小さく笑い
「写真あったじゃん。ほんとにオレだって気づかなかった?」
「……だって、横顔とラーメンの写真しか載せてなかったじゃないですか」
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