1/1
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

 小野田に注意されるまでもなく、俺は別に呉君の事をそういう意味で気になっているわけではないと思う。だって俺の心は未だ乾いたままで、こんなんじゃ新しい恋なんて――花なんて咲きっこないじゃないか。  俺はずっと想い続けていた相手にフラれている。  それからもう一年も経つのだからいい加減立ち直れ(浮上しろ)、新しい恋を見つけろと小野田は言うが、俺にしてみればまだ(・・)一年なのだ。  おまけに失恋相手はもうひとりの幼馴染で、あいつの性格からも簡単に切れる縁ではないのだ。小さな頃から三人でいつも一緒にいた。あいつは俺や小野田と違って裏表もなく持たれる印象と中身が完全に一致していた。自分にない素直さや正直さに憧れた。それがいつの日か特別な想いになって、中学高校、大学――卒業してもずーっと好きだった。本当にあいつの事だけをずっと好きだったんだ。  あいつへの想いを誰にも気づかれないように細心の注意を払っていたけれど、勘のいい小野田は俺があいつの事を好きだって気づいてしまった。それで揶揄うとか忌避するというのではなく、相談に乗ってくれたし応援もしてくれた。チャラい見た目と違い、小野田は本当にいいやつなのだ。  だけど小野田にとって俺もあいつも同じく大切な幼馴染だから、どちらかに肩入れしすぎる事はなく中立の立場を守っていた。俺としてもその方がよかったから何の不満も文句もない。  そして時は流れて本人(あいつ)は俺の気持ちに最後まで気づかずに、結婚してしまった。よく晴れた日、俺は告白もできないままあいつが誰かのモノになるのを笑顔で祝福したのだ。  とまぁ俺は突然宙ぶらりんになってしまった『想い』をどうする事もできずに、ひきずってしまっている。  長年の片想いは拗らせるだけ拗らせてしまって、今更無かった事になんてできそうもなかった。好きになった事、好きでいた事、好きでい続ける事。心のエネルギーは無駄に使われ続け、今ではすっかり枯渇してしまっている。  あいつの事が本当に好きだったから、『虎』とだけは呼ばれたくないのだ。呼ばれてしまえばあいつを思い出してしまうから――。  『虎』、島村 影虎(しまむら かげとら)、昔も今も俺の大好きな幼馴染()。  この一年、俺は何かと理由をつけてあいつと奥さんの誘いを断り続けている。  こんなにはっきり失恋しているのに、まだあいつへの想いを捨てられないでいるのにふたりに会えるはずがない。俺はあいつの事も奥さんの事も嫌っているわけでも憎んでいるわけでもないけど、仕事が忙しい体調が悪いとふたりの結婚式以来一度も会っていない。  俺はさ、もう燃え尽きたって言うかさ、あいつの事を好きな期間が長すぎてあいつを好きじゃない自分なんて想像もできないんだ。  自ら命を放り出すつもりはないけれど、このまま自然にまかせて朽ち果てていったとしても別にいいって思うんだ。  だってもう恋なんて――あいつ以外に恋なんて、できるはずがないのだから。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!