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「訳解らねー事くっちゃべってねーでテメー等有り金全部置いていけ!」
「断る」
あくまで自分のスタイルを崩さない王子を腕の中に掻っ攫ったのはやっと状況を飲み込めたきなこだ。
「リュー君、外に出ますよ!」
「逃がすかよ」
意外に俊敏な動きをみせる毛皮男。
強く腕を掴まれきなこは殴られるかと思わず目を瞑る。
その直後。
不思議な感覚にきなこは襲われた。
彼女は咄嗟にしゃがんで男に足払いをかけ、バランスを崩した男の顎を下から蹴りつけた。
マトモに攻撃を喰らった彼は床へと倒れ込みーーー
そうになっただけで。
鍛え上げられた腹筋を活用し飛び起きる毛皮男。
「只の何処ぞの坊っちゃんの次女だと思ったが、ちったぁ武術使えるみてーだな」
「お前もな」
きなこの心の代弁者リュー君。
それはともかく…
ーーー何か今コツを掴んだ気がするーーー
ドラシスと決闘の際も目を瞑っていて、恐る恐る開けたら勝負がついていた。
そうだ。いざと言う時は目を瞑っていれば良いのだ。
そうすれば運動神経抜群のマリオネット本来の身体能力が活かせられる。
ーーーそれだ!
王子を胸元で抱っこしたまま、きなこは毛皮男改めーーー
「ゼロの兄貴!ヤッちゃって下さい!」
通称『ゼロ』と対峙した。
酒場の男達は血気盛んな者が多いのか、はたまたそれが日常なのか喧々囂々ときなこ達とゼロを取り囲んでいた。
「ボコっちまえー!」
「ゼロ!此処のボスが誰か思い知らせろ!」
盛り上がる周囲。
☓そして冒頭に至る。
きなこはギュウと拳を握り締めた。
せめて王子の安全を守ら無いとーーー
王子を抱っこしたままテーブルに上がったきなこは飛んだ。開きっぱなしの窓へと向って。
「其処から逃げるつもりか!?ーーーぷぎゅる」
ゼロの支援者のひとりが情けない声を上げる。
きなこが彼の顔面を足場代わりに踏んづけたせいだ。
「ごめんなさい通りまーす」と何人かの踏み場を越えたきなこは窓から飛び降りた。
「バカめ!此処は三階だぞ!」
勝ち誇る数名が雪崩込む様に窓の下を覗く。
落下した筈のきなこ達を見て度肝を抜かれるゴロツキ達。
きなこは宿屋の雨樋を引っぺ剥がして下降スピードを弱め、無事に地上に降り立った。
もちろん、大胆な行動を成功させたのは身体がマリオネットのおかげである。
きなこは目を瞑っていただけなのだから。
不満そうなのは王子だ。
「お前の手に掛かれば悪人を何人かしょっ引いてこれたものを。」
「そんな事より追っ手が来ます。逃げますよ。リュー君。捕まって身バレしたくないのでしょ?」
走り出したきなこは続ける。
「私、決めました」
転生し、穏やかな生活を得るも良いと思っていたがーーー
「これからは王子を御守りする事を生き甲斐にしようかと」
マリオネットを大切に保管してケアまでしてくれた前王妃の期待に応えなきゃいけないだろうし、おかげで転生できたのだから借りた恩はちゃんと返さなくちゃね!
「…だから、好きにしろと言っておろう」
「はい!」
きなこは笑顔の花を咲かせた。
続く。
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