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総レース造りのベッドが印象深い寝室にて。
「あ痛っ」
世話役のナーシャ・ホルンの飼い猫、アリアに手を引っ掻かれたのはマリオネットだ。
「きなこ様!?」
叫び声に近い悲鳴を上げたのはナーシャ。
「アリア!何て事を!」
「いーんですナーシャさん。私が突然触っちゃったからビックリしたんですよアリアちゃん」
「失礼する」
きなこが与えられた室内に入ってきたのはドラシス・スコッティ。
リューク王子の命により、きなこを迎えに来た第一騎士団の隊長である。
「ドラシスさん」
目を丸くするきなこを他所にドラシスはきなこの引っ掻かれた手の甲を掴む。
そこには薄っすらと滲む血。
「針で縫われるのと生薬を貼る。どちらが傷が残らないでしょう?」
「え?あ、ああ」
一瞬遅れてきなこは理解した。
傷を負った『人形』の直し方と『人間』の治し方。どちらが良いかと聞かれたのだと。
「えと…後者の方が適してるかと」
かすり傷程度で縫われたらたまったものじゃない。
手を引っ込めようとするきなこの片手をドラシスは掴んだままだ。
「まだ処置が終わっておりません」
「処置ってそんな大袈裟な」
「大袈裟ではありません。破傷風にでもなったらどうするのですか。貴方は前王妃の形見なのです。マリオネットに怪我をさせたままなんてありえません。ナーシャ、生薬と包帯を」
「只今用意して参ります!」
パタパタと遠退くナーシャの足音。
ドラシスはため息を吐いた。
「昨日申した筈です。貴方ひとりの身体じゃないと」
つまり、ドラシスが大切にしているのは中身のきなこでは無くあくまでマリオネットなのだ。
前王妃の遺品の。
(『痛い』とか感情を持つ私自身はどうでもいいんだろうなぁ)
ドラシスの行動については前世で彼そっくりな上司いたので慣れている。
(何より仕事重視だったし)
鬼の黒崎課長は。
そんな彼に掌を大事そうに両手で覆われたきなこは気無しに呟いた。
「ドラシスさんって、前王妃の事がとてもお好きだったんですね」
Like的な意味で。
「なっ…げ、下衆の勘ぐりは止めて頂きたい!」
あ。LOVEの方だった?
反射的に怪我を負った手をギュウと強く握り締められるきなこ。
手袋越しとしてもその手の熱の上昇の仕方といったら。
何時に無く慌てるドラシスに反比例し、きなこは落ち着いてる。
常に二の次には『前王妃様』とこだわっていたのはそのせいか。
すんなりと納得するきなこ。
しかし、其れを誤解だと主張するのはドラシスだ。
「なんとお恐れ多いことを…!」
ドラシスは俯く。
「あの方は聡明で優しくて誰に対しても親切で…」
「それで、好きになっちゃったんですね」
「違うと申してる!前王妃は若くして陛下に見初められたごく一般的な貴族上がりだったが玉の輿の身分を鼻にかけた事は一度も無くーーーと、今はそんな話をしたい訳ではない。」
「あ、分かってます。誰にも言わないので大丈夫です」
きなこは空いた手で『お口チャック』のジェスチャーをとる。
ドラシスは壁をバンと掌で叩いた。
「いったい何が分かったのだ!?」
「ドラシスさんが前王妃の形見であるマリオネットが如何に大事かということが。です」
「きなこ。遅いぞ。」
リューク王子はきなこが来なかったので直に赴いたようだ。
きなこは質問する。
「リューク王子様、1つ聞きたいのですが、前王妃様はどんな方だったのですか?」
僅かに動じるドラシスを不思議に思いつつもリューク王子は目を瞬せた後、答えた。
「…母君は幼い頃から病弱で、俺を出産した時も生死を彷徨ったと聞いている。まさに命がけだったと。丁度その頃余命数ヶ月と医師に宣言されたが4年も生き延びた」
「王妃様頑張ったんですね」
「その通りだ。我が母君は立派な人だった」
「流石リューク王子様のママ。領地内全ての民の自慢の『王妃様』って感じがします!」
「今でもな。ーーーだが何故お前が母君の事を聞く?」
「知りたかったんです。マリオネットに自我が芽生える前から大事にして下さってたリューク王子様のお母様の事」
きなこはニコーと笑顔を揺らす。
ゴホンを咳払いするドラシスは、きなこに一本取られた気がしてならなかったそうだ。
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