【2】

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 ワイシャツに小豆色のジャージを重ね、下はスーツのスラックス、ややくたびれた白いスニーカー。  校内で興嗣叔父さんを見かけるとき、その服装はいつも同じだった。  その日の朝、廊下で見かけた際もそれは変わらず、そして仁王立ちする叔父さんの前に気をつけの姿勢で立たされていたのは、九十九だった。 「九十九、お前なあ。二年になったら本気出すって言ってたの、どこの誰だ?」  強面の眉間に思いっきり皺が寄せられており、腕組みをした姿は遠目にも迫力がある。竹刀でも持っていたらまさしく一昔前の鬼教師のイメージそのものだ。  しかし、九十九のほうはいつもの調子でへらへらと答えていた。 「違うんだってー。今日はちゃんと時間通りに起きたの。でも家出る直前に、ちょっと、いろいろあってさー」 「何が違うんだ。結果的に学校に着く時間が遅くなったら、それは遅刻だろうが」 「んー、まあね、そうとも言う」 「そうとしか言わない。いいか、遅刻三回ごとに特別清掃、五回で反省文提出。今年はきっちり数えるからな」  はあい、と間延びした返事をする九十九の頭を軽く小突いて、叔父さんは踵を返した。職員室に戻るのだろう。  そのとき、ちょうどトイレから出てきた梶が向こうから歩いてきた。叔父さんはその姿を見るなり「梶、お前、こいつの遅刻癖なんとかさせろ」と言い放つ。  梶は濡れた手をひらひらさせながら目を丸くした。 「えーっ、俺関係ねーじゃん」 「友達だろ、モーニングコールでもしてやったらどうだ。あと手はハンカチで拭け」 「あ、いいねーそれ。梶、明日から頼んだ」 「しねーよ! オカンじゃねーんだよっ」  軽口を叩きながら、九十九と梶が連れ立って歩いてくる。教室の前でたまたま一部始終を見ていた俺に、二人が気づいた。 「与留、あとでボロセンに言っといてよ。俺は九十九の保護者じゃねーって」 「まあまあ、いいじゃん。明日は七時で頼むねー」 「だから、しねーって! 自力で起きろ!」  息の合いすぎているやりとりに、俺は堪えきれず噴き出した。
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