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ふう、と隣の九十九が短く息を吐き、その場にしゃがみこんだ。俺も木の幹に背中をもたれかけてみる。直射日光の当たるベンチよりも、いくらか居心地がよかった。
「いいなー」と呟く声がして、俺は九十九に視線を向ける。いつもと変わらないどこか眠たげな顔のまま、九十九は前方を見ていた。
「いいなって、何が?」
「いや、うらやましくて」
「……あ、妹ほしかったとか?」
九十九は俺と同じ一人っ子だ。きょうだいという存在への憧れは、俺も理解できる。あんなふうに無条件に信頼してくれる幼い存在は、きっと可愛いだろうなと思う。
しかし九十九は、自分の唇を指先で軽くいじくりながら「んー、いや、逆かなー」と答えた。
「梶が兄ちゃんだったらいいのになーって」
「え、そっち?」
「うん。ずっと思ってんだよね、俺」
九十九はちらっと俺を見上げると、わずかに歯を見せて笑う。「梶に言うなよ」悪戯を打ち明ける子供のような声に、俺はちょっと面食らいながらも「うん」と返した。
九十九って、やっぱ変わってる。癖毛のつむじを見下ろしながら、俺はこっそり思った。
同い年の男に、普通そんなこと思うか? 梶をつい「兄ちゃん」と呼びたくなる気持ちは、まあ、わからなくはないけれども。
「ていうか、意外すぎた。まさか与留がアイドルに詳しいとは」「いや、ぶっちゃけ名前しか知らない。たまたま見たってだけ」「ふーん。やっぱ東京ってすごいねー」「まあ、すごいかどうかはわかんないけど」
俺たち以外に人のいない公園内を、ゆるい風がひとつ吹き抜ける。俺の視線の先で九十九の前髪がふわりと逆立った。
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