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【1】
季節は春だった。車窓からはときおり桜が見え、車内にも明るい色の衣服が目立つ。紛う事なき春が北上するのと合わせるように、俺も東北新幹線に揺られていた。
まもなくやがみです。アナウンスが響き、俺は頭の中で「谷神」と漢字変換をする。よく馴染んだ地名であり、それでいて懐かしさもあった。
立ち上がり、荷物棚のボストンバッグを引っ張り出して肩にかける。足下に置いていたキャリーケースのハンドルを掴む。
谷神駅のホームは思っていたよりも暖かかった。まばらな乗降客。一カ所しかないエスカレーターに向かって、大荷物と共に歩を進める。
改札口の向こうに、興嗣叔父さんの姿はすぐに見つかった。
「お疲れ、与留。一人でちゃんと来られたな」
坊主頭に近い短髪、鋭い目元。初対面であれば多くの人が萎縮しそうな強面に、わかりにくいが優しい笑みが浮かんでいる。
「当たり前だろ、何歳だと思ってるんだよ」
わざと唇を尖らせて返事をする俺に、叔父さんは笑った。流れるような動作でボストンバッグを奪われ、ありがとうと言いかけたところで、俺は叔父さんの隣に立っている人物に気づく。
さっぱりした短めのオールバック、年齢は叔父さんと同じく四十歳前後だろうか。叔父さんから「同僚の樋口先生だ。お前の担任になる」と紹介され、俺は慌てて姿勢を正した。
「杏藤与留です。よろしくお願いします」
「あは、そんなかしこまらなくても。よろしくね、杏藤」
樋口先生はのんびりとした軽い口調で答えてから、なぜ自分がここにいるのかという説明を勝手に始めた。つい先刻まで叔父さんと一緒に休日出勤をしていて、叔父さんが俺を迎えに行くというので用事ついでについてきた、ということらしい。
「朧川先生とは同期でさ、仲良しなんだよ。親友ってやつだな。なあ、オボロ?」
「勝手に言ってろ。与留、あっちに車が停めてある。行こう」
さっさと歩き出す叔父さんに続いて、俺もキャリーケースを引きながら歩き出す。隣を樋口先生がついてきた。「甥っ子の前だからってかっこつけてんな。いつもはすぐケツ蹴ったり背中殴ってきたりするんだよ。杏藤も暴力振るわれたら俺に相談するんだよ」樋口先生という人はどうやら、結構よく喋る大人のようだ。
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