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 荷物を整理するのは明日からでいいか。そんなにたくさんあるわけでもない。あと数日で学校も始まる。  新しい学校にうまく馴染めるか不安だが、もしかしたら小学校のときのクラスメイトがいるかもしれないし。大丈夫だ、きっとうまくいく。  そんなふうにふわふわと考えを巡らせながら、湯船のへりに頭をもたれかけ、真っ白い天井を見上げた。のっぺりした風合いは、東京で母と住んでいたマンションのそれとよく似ていた。  寝間着のスウェットに着替え、濡れた髪を適当にタオルドライしながら、廊下をぺたぺた進む。  風呂があいたと叔父さんに伝えるため居間に向かう。開いた襖から光とテレビの音が漏れている。しかし近づいていくと、聞こえているのはそれだけではないことに気づいた。叔父さんのぼそぼそと喋る声が混じっている。  電話でもしているのかと思い、邪魔にならないよう廊下から中を覗き込んだ。卓袱台に向かってあぐらをかいた後ろ姿が見える。  そこで俺はある違和感を抱いた。  叔父さんの両手は下ろされているのだ。スマホを耳に当てて会話している姿を想像していたのだが。卓袱台の上に置いてハンズフリー通話でもしているのだろうか。でも相手の声は聞こえない。  盗み聞きするつもりはなかったが、その違和感から、無意識のうちに聞き耳を立ててしまった。 「……問題ないだろ。あいつは…………だし、そのうち…………、ただ……」  テレビの音とかぶっているせいもあるが、叔父さんは意図的に声を潜めているようにも感じられ、切れ切れにしか聞き取れない。独り言ではなさそうに思えた。首が頷くように上下したり、少し傾いたりする。 「いざとなったら、………………、ああ。そうだな……」  俺はそっとその場を離れた。なんとなく、聞いていてはいけないような気がした。  足音を立てないようにしながら自分の部屋へ向かう。そろりそろりと襖を開け、隙間に身を滑り込ませるあいだも、叔父さんのぼそぼそ言う低い声は続いていた。
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