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 数日後の谷神西高校、二年一組の教室にて、俺の転校初日は平凡にスタートを切った。  朝イチのホームルームで、転校生として樋口(ひぐち)先生から紹介されたが、進級によるクラス替えのタイミングだったおかげで、思ったほど浮かずに済んだと思う。  そしてすぐにやってきたのが、(かじ)彼方(かなた)九十九(つくも)(つばさ)との出会いだった。 「杏藤、これからよろしくな!」  ホームルームのあとの短い休み時間に入るやいなや、勢いよく声をかけられた。  立っていたのは、精悍な顔つきにいかにも人懐こそうな笑顔を浮かべた、背の高い男子生徒。それが梶だ。  俺はその勢いに少しばかり気圧されながらも「うん、よろしく」と返してから、彼の斜め後ろにもう一人、表情薄く佇んでいる存在に気づく。  こっちを見てはいるけれど、俺の顔というより、その斜め上あたりを見ているような不思議な視線。それが九十九だった。 「東京住んでたんだよな? すげーな! 俺、修学旅行でしか行ったことない」 「別にすごくないよ。住んでたとこ、ほぼ千葉だし」 「千葉もいいじゃん! ディズニー行き放題じゃん!」 「あはは、そんなに行かないって」  梶の声のでかさに引き寄せられるように、周囲にいた数人が集まってきた。「東京と谷神、どっちがかわいい女子が多いか」だの「アイドルや女優に会ったことあるか」だの質問が飛ぶ。  和気藹々とした雰囲気に包まれ、俺は少し圧倒されながらも、安堵を覚えていた。  十分しかない休み時間はあっという間に終わった。  チャイムが響き、人だかりが散りはじめる中で、九十九と目が合った。  どこか眠たげな印象の瞳、少し癖のある髪。しかし、視線が噛み合っても、九十九は何の反応もしない。ただ黙ってじっと俺を見つめたまま立っているだけだ。 「……えっと」  どうしていいかわからず、俺は梶に助けを求めかけた。と、そこでようやく九十九が口を開く。 「ずいぶん、くっきりしてんね」 「……え?」
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