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空がしらみ始め、乾燥した空気が朝の訪れを告げる頃――。
静けさを打ち破る勢いで花火が上がり、轟音が大気を振るわせた。
テンポの良い破裂音が牢の中に伝わると同時に、監視の者達が次々と鍵を開け始める。
「よっしゃ! やっと出られるぜ!」
「早い者勝ちだぞ! 急げ!」
我先にと出て行くのは人相の悪いごろつき達……かと思いきや、善良そうな若者達だ。それもそのはず、彼らはみな、言いがかりをつけられて牢に放り込まれた被害者なのである。
宮廷料理人を新規に募集していると聞いて、国内だけでなく他国からも駆けつけた料理人達は、城に着くなり、とっ捕まって投獄されてしまったのだ。呆然としている間に聞かされたのは、「王子の食べたい料理を用意できた者を解放する」というもの。
あまりにも一方的すぎる条件だ。しかも、この国の王子は、わがままでやりたい放題しているという。溺愛していた妹姫を亡くして寂しい思いをしている彼を国王達はもてあまし、やりたいようにやらせているらしい。
けれど、集まった料理人たちは、この短い滞在時間で悟っていた。理不尽な現状を打破し得る唯一の方法は、彼のわがままに付き合うことだけなのだと。
料理を提出する期限は、花火が上がってから日が落ちるまで。
みな、開錠されると同時に飛び出していったが、牢の奥に残っている二人がいた。そのうちの男の方が大荷物を背負って牢屋から出て、金髪の女へ話しかけた。
「俺たちも行くぞ、レオナ。先を越されたらまた牢屋送りだ」
「……そうだな」
レオナと呼ばれた女は長い髪を振り払い、ベルトにくくりつけた包丁を抜いた。調理器具とは思えないくらい研ぎ澄まされた刃が目の前で鈍く光る。
「――じゃあ早速、あのクソガキを血祭りに上げて逃げるとするか!」
「待て待て待て!」
男が慌ててその手をつかんだ。
「なんでお前はそう血の気が多いんだ! それでも料理人か!」
「うるさいな。だって、キリヤ、仕方ないだろう」
レオナは悲しげに目を伏せた。
「こんなのはどう考えても無茶ぶりだ。どうせ牢屋に逆戻りするくらいなら、少しでも可能性の高い王子拉致事件に手を染めた方がいいだろう!?」
「……はいはい。とにかく会場に行くぞ」
キリヤはレオナを適当にいなすと、彼女の腕をとって階段を上っていく。
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