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16/終
一瞬にして、自宅についた。
「ただいま」
殻から抜け出すなり、眼前のパートナーに微笑み言った。
「おかえり」
一家に一殻。
目的地に殻があれば、どこへでもすぐに行ける。
メレンゲ、ホバーマシュマロに続いて実用化された、瞬間移動手段・egg。
そのフォルムには、ニワトリへのこれまでの感謝と敬意が込められているそうだ。
庶民にまで広がってからというもの、着地渋滞なるものが最近多発していて、結局のところメレンゲやマシュマロの方が優秀なのでは? なんて議論がここ最近ワイドショーを賑わせている。
とはいえ、金持ちは優先殻を使うから、今のところはeggで満足できているらしいが。
†
コケコッコー祭は今も続き、設置された大量の殻から人が出ては消えていく。
殻の前では、子ども向けに紐付きのメレンゲが配られている。
夢月はニンニクが効いた食肉用品種の鶏モモで作られた唐揚げを、唇をテカテカに光らせながら貪った。
「あなたにはまだ早いわよ」
夢月が自らの口に運ぶ唐揚げを、自分にも「よこせよこせ」と言うように、抱っこ紐に包まれている赤子がブンブンと手を振っている。
唐揚げの代わり、とはいかないが、思い出がたっぷり詰まったニワトリのマークのスタイを、子どもの首に巻いてやる。
「あんまり食べすぎると母乳に響くよ」
「ん? 響くぐらい食べれば、この子も唐揚げの恩恵を……って、そうだよね。食べ過ぎは良くないよね」
箸を止めれば、食べないならよこせと言わんばかりに、赤子はまた、手をブンブンと振りまわした。
「あなたがこれを頬張る頃は、いったいどんな世の中なんだろうね」
我が子の頭をそうっと撫でながら、まだ旅に出ることのできない未来を思い描きながら。夢月は優しく、微笑んだ。
会場の殻から、また騒がしく人が出てくる。
そして合言葉が響くのだ。
ケッコーケッコーコケコッコー!
そこかしこで幸せが舞い踊る会場を、ふわふわの雲が見下ろしていた。
それは、幼子が逃してしまった、メレンゲだった。
メレンゲが、空で溺れていた。
――fin――
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