第一噺 犬の顔

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 彼女は最後の力を振り絞り、リードを思いっきり引いた。  リードが引かれた事でモコの顔が、彼女の方を見た。  彼女の方を見たモコのの顔は、見慣れた可愛らしい顔ではなかった。  血色の悪い、目が落ちくぼんだ中年の男の顔をしていた。  悲哀と憎しみを感じさせる、男の顔をした犬がそこにいた。  その顔がにーっと笑ったと同時に、トラックは彼女の前を通り過ぎた。  それから彼女はリードを手放し、尾を引くような絶叫を上げながら家へと逃げ帰った。  母に先ほどあった事を話したが、何かの見間違いだろうと言って信じてはくれなかった。  モコはそれからズルズルと引く手を失くしたリードを引きずって帰ってきたが、Bさんはあの男の顔が忘れられず、モコに近づく事ができなくなり、それ以降散歩にも何かと理由をつけて行かなくなった。  結局モコはその年の冬に、病気で亡くなったという。
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