62人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
故郷
実家に着いたときには夜8時近かったが、空はまだ薄明で、実家裏の山影がくっきりと見えていた。
都会よりはましだが、日が沈んでも涼しくはならない。
このあたりが盆地のせいもあるだろう。
この、こもったような暑さも妻は毛嫌いしていた。実家の親が冷房を使いたがらないからなおさら。
玄関側の大きな窓が網戸にして開け放たれていたから、今日も冷房は入っていなそうだ。
玄関のガラス戸を開き、ただいまと声をかける。
すぐに奥の台所出入口から母が顔を覗かせた。
「おかえり。遅ぐなったな。――ほんとに由美さん、来ねがったのけ」
俺が一人で立っているのを見て、母が険しい顔になる。
来たら来たで、何かしらケチをつけていたはずだ。俺は構わずにボストンバッグの中からビニール袋に包まれたお土産を掴み出し、
「ちょっと、出かけてくる」
と言うと、靴だなの上に無造作に置かれたままの軽トラの鍵を掴んだ。
背後から母が「帰って来たと思ったらすぐに出かけるなんて、落ち着きのない」といった意味の詰るような方言を浴びせて来たが、俺はガラス戸をぴしゃりと閉めて遮った。
最初のコメントを投稿しよう!