帰省

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帰省

 お盆の初日、俺は故郷へ向かう新幹線に乗った。  どうにか仕事を片付けて3日間の夏休みをもぎ取った。駅のコンコースの売店で買った冷えた缶ビールをお供に、暮れ行く街並みが眺められる窓際で座席に身を委ねる。だが、気分は盛り上がるどころか、故郷に近づくにつれ沈んでいく。  妻は娘の中学受験を理由に、帰省の同伴を拒否した。  元々、俺の親との折り合いが悪い。どちらにとっても、顔を合わせないほうが夏休みを無駄にしなくて済むだろう。  俺と妻との関係も、有り体に言えば「冷めきっている」。  娘も年頃になって、幼かったころとは態度がまるで違う。成長の過程とは言え、その冷徹な目つきに虚しさを感じないわけではない。父親だって人間だ。  若干温くなってきたビールで喉を湿らせ、ジャケットのポケットから、小さなケースを取り出した。  それは、アクセサリーケースという名目で売られていた。  藍色のシルクを纏って、スワロフスキークリスタルが散りばめられた美しいケースだ。俺の手の平に収まる、やや丸みのある形。それをいつものように眺める。  窮屈な家庭から離れて、懐かしい故郷に帰るのに気分が塞ぐのは、これのせいなのだろう。  今年こそ、渡せるだろうか。  藍。  君に……。
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