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「特に」
ない、と答え終える前に、宇佐美はオレの手首を掴んだまま歩き出す。慌ててリュックを手に取り、連れられるように教室を出た。外はあいにくの雨だ。
「どこに連れて行きたいんだよ? 外は雨だし」
雨の中どこか行きたいところもないのならば、教室に戻って続きを読みたいくらいだ。
「悪いけど、オレは教室に戻る。宇佐美サンは気をつけて帰ってね」
「ここでも良いけど、流石に濡れるよね?」
「ここって、どこだ?」
「ここ」
宇佐美が指を指したのは、下駄箱が並び立つ昇降口。マンモス校と呼ばれるだけあるこの高校の昇降口は多分他校よりも広い。だが、ダンスをやるには狭すぎる。
それに音楽をかけられるようなコンセントもなければ、ポップスの音源もない。
「まぁ、いいか。ね、見ててね」
そう言って彼女はカバンを下駄箱の上に置くとすぐに体を抱くように腕を回して、膝立ちになった。頭は前にうなだれている。
これから一体何が始まろうと言うんだ?
ポッポッポッ。
耳には軒先から聞こえる大きな雨粒の音が、絶え間なく、規則的に聞こえてくる。あちこちぶつかる雨音は不規則なようで、規則的だ。
ポッ。
コンクリートに跳ねた雨粒の音をきっかけにして、宇佐美が踊り出す。
くるくるっと片足のつま先で器用に回ったかと思うと、両手と片足を上げて、ピタッと止まる。足を下ろしてから、少しだけ力をためると今度は飛び跳ね始めた。
これは、バレエか?
去年の文化交流会で見た白鳥の湖とは違う。
この踊りは、雨の音に操られているかのようだ。まるでパペットのごとく、音に合わせて宇佐美は踊っている。
その踊りにどんな意味があるかはわからない。だけど、宇佐美はただひたすらに楽しく踊っていることだけは、素人にもわかる。
この踊りにタイトルをつけるならば『雨の女神』に違いない。
そのくらい、このときの彼女は神々しさを放っていた。
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