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五分ほど踊ると、宇佐見は頭を下げた。どうやら踊り終わったらしい。
肩で息をしている。でもその表情は晴れやかだ。
「どうだった?」
「どうって......」
「バレエダンサーの君から見てどうだった?」
宇佐見の言葉にオレは言葉を詰まらせた。
「誰に聞いた?」
自分でも驚くほどの低く怒りに満ちた声に、宇佐見は気づいている様子はない。オレは右手の拳を握りしめながら、宇佐見から目線を外す。
「だって、私の憧れのダンサーだから」
あり得ない。
宇佐見の無邪気な言葉に嘲笑する。
「何の話だ?」
「小学校最後の全国のバレコン。優勝したよね? その後国際コンクールにも入賞してた」
「人違いだろ」
「違わない。間違うはずがない」
「仮にオレがその憧れのダンサーだったとして、宇佐見はどうしたいんだ?」
「私、君と踊りたい」
まっすぐ過ぎるその瞳は、オレを目で捉えたままだ。
「君と踊る。それだけなの」
「踊って......一緒に出て、スカラシップでも勝ち取るつもりか?」
「そんな意味じゃ」
「じゃあ何?」
流石に怪我をしていたことを宇佐見は知らなかったようで、何も言わずに俯いた。
傷ついた、傷つけられた、という話をする必要もない。
左足首の古傷が雨のせいか、疼いているような気がする。
リュックから折りたたみ傘を取り出し、オレは俯いたまま立っている宇佐見の横を黙って通り過ぎる。
踊ることが好きだったあの頃の自分は、もういない。だから、これ以上話すことはない。
振り返ることもなく、オレはその場を後にした。
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