雨の音に踊れば

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 ガラコンサート当日、これまでにないくらいの仕上がりだった。  今ならば、最高の踊りができる。  実際、これまでの公演やコンクールよりも最高の踊りができた。  舞台裏に戻り、化粧を落としていると、先生と先生の友人と名乗るフランス人が控え室に入ってきた。フランス語はさっぱりわからないが、何か真剣な顔をして、話している。  鏡越しに2人の様子を見ながら、オレは早く声をかけて貰いたくてウズウズしていた。  オレの様子に気がついたのか、先生がオレを呼んだ。 「こちらが、この前話していた友人だ」 「コンニチワ」  人の良さそうな感じで微笑みながら、クレマンと名乗ったその人は片言の日本語で挨拶をしてくれた。 「君に大事な話だと言っているけど、時間は大丈夫か」 「はい!」  先生が通訳してくれながら、クレマンの話を聞くと、想像していた話とはかけ離れた話だった。 「君は何のために踊る? 自己満足の踊りとしか思えなかった。ダンサーならば、観客の心に響くような踊りはできないのか?」  頭をガツンと殴られたような気がした。 「君に足りないのはエンターテイメントの心だ。それはダンサーとして、致命的だ」  最後にまた機会があれば、踊りを見せてくれというような話もあった気がするが、俺の耳には届かなかった。  絶望の淵に突き落とされた気分のまま、控え室を出た。  外は雨が降り始めていた。自分の気持ちを表すかのような天気に、笑うこともできない。  これまでの練習は何だった?  人を楽しませることができないダンサーに、この先はない。  そのことだけが頭をぐるぐる巡った。  だから、雨で濡れた床に足を滑らせて、階段から落ちることにもなったのだ。
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