「リンドバーグ子爵令息、婚約破棄を申し立てる」の巻

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「リンドバーグ子爵令息、婚約破棄を申し立てる」の巻

『魔力ゼロで侯爵令嬢に婚約破棄されたが異世界召喚前の知識を使って魔塔でのし上がる』 作者/ゼン・リンドバーグ #ハイファンタジー  #異世界召喚 #悪役令嬢 #魔法 #チート この小説のニページ目でおれは王都を出ているはずだった。 夜陰に紛れて子爵邸を抜け出し、密かに王都脱出。婚約破棄を撤回するためにオリビアが追っ手を放ち、おれを強引に連れ戻そうとする。魔術師に追い詰められ魔獣に取り囲まれるが危機一髪、おれを慕って追いかけてきた召喚獣コトラが敵を一蹴し、魔術ゼロの異世界召喚者と召喚獣一匹の魔塔を目指す旅が幕を明ける――そんな展開になるはずだったのに。 異世界名物婚約破棄の三日後。おれはフォスター侯爵邸にいた。 ソファにふんぞり返るフォスター侯爵令嬢のオリビア。いつもならおれは彼女の足元に跪いているのだが、今日は向かいのソファに座ることが許された。ソファの脇には召喚獣コトラが伏せている。 魔獣としては中級の魔力を持つコトラ。中級と言ってもピンキリで、コトラはもうちょっとで上級到達くらいのすごいやつだ。 ということで、コトラは今おれが動物園で世話をしていたときと同じくらいの子どもサイズに変身している。上級になったらサイズだけでなく見た目も変えられるというから、おれはこれから始まる旅で人間に変身したコトラと酒を酌み交わすことになるかもしれない。 コトラが雌だったらこの冒険譚にちょいエロ要素がプラスされるところだが、残念ながらコトラは雄だ。ポロリしたモノ(ピー)のサイズにおれが打ちひしがれる展開しか想像がつかない。それに旅の最終目的は元の世界でおれを待つアノ子とのキス。浮気心は禁物だ。せっかく手放したババを再び掴まされてる場合じゃない。 オリビアはいつになく高そうなドレスを着ていた。煌びやかな宝飾品と年齢にそぐわない濃い化粧。ちなみに、オリビアはまだ十六だから。 「ゼン、わたしって繊細で寂しがり屋なの」 センチメンタルだからといってジャーニーに連れて行く気はない。 (80年代アイドルオタクのたわ言はスルーしてくれて構わない) しらっとした顔で聞いているのはおれだけでなくオリビア付きの侍女もそうだった。彼女に仕える者は大変だろうと容易に想像がつく。 男をとっかえひっかえ、その度に見目の良い貴族令息がオリビアによって(自主規制)(あーんなこと)(自主規制)(こーんなこと)をさせられる。うら若い侍女たちはそれを見せられて何を思うのだろう。おかしな扉が開かれなければいいが、ここに今いる侍女の反応を見るに彼女らはまだまともなようだ。 侍女たちにはおれの(自主規制)(あーんな姿)(自主規制)(こーんな姿)をすでに見られてしまったわけだが、今おれは穏やかな気持ちで彼女らの視線を受け止めている。おれのメンタルの強さはオリビアによって鍛えられ、ほぼ悟りを開きかけていた。 「ゼン、わかるでしょう? あなたに会えない日が続いて魔が差してしまっただけなの」 「わたしに会えなかったとおっしゃいますが、舞踏会の前の日も、その前の前の日もわたしはここに呼び出されたと記憶しています」 「あなたと片時も離れたくないってことよ。いずれ夫婦になるんですもの。婚約破棄なんてもちろん信じてないわよね?」 「ファイアストン卿はどうされたのです?」 「ジョージとはなんでもないわ。エスコートしてもらっただけよ」 「名前で呼ぶほど親しくされているようですが」 「いやだ、ゼンったら嫉妬してるのね。心配しなくてもわたしのパートナーはあなただけよ。彼はたかが男爵家の三男坊ですもの。侯爵家のわたしには相応しくないわ」 手のひらを四回転半くらい引っくり返して愛想を振りまくオリビア。尻尾を振ってニャーゴロ鳴いても彼女は悪役令嬢だ。 『異世界転生したら悪役令嬢だった』系のやつなら中の人は善人かもしれないが、この数か月嫌と言うほど彼女の中身を見せつけられたおれが言えるのは、もし彼女の中身が転生者だったとしても『異世界転生した悪女は今世で悪役令嬢極めます!』的なやつ。 「ファイアストン卿は王国には珍しい屈強な肉体を持つ魔剣士です。彼のような方を袖にしてよいのですか」 「この国でものをいうのは筋肉より魔力。その中でも召喚獣を使えるあなたはもっともわたしに相応しいわ」 オリビアが恋する乙女の眼差しでチラチラうかがっているのはおれではなくコトラだった。こいつを見せびらかしさえしなければ婚約破棄が撤回されることはなかったのだが、後悔しても仕方ない。おれが迂闊だったのだ。 舞踏会の夜、コトラに乗って子爵邸に戻った時にはオリビアの父親であるフォスター侯爵みずからがリンドバーグ子爵邸を訪れていた。婚約破棄をなかったことにするためである。 馬車でおれたちを追い越すことはできないし、そもそも馬車も護衛もなく侯爵一人だった。フォスター侯爵家にコトラのような召喚獣はいないから魔獣に乗って来たわけでもない。さらにこの世界で亜空間ゲートを使えるのは魔塔主と召喚獣だけで、座標変更して場所移動できるのは魔塔主のみ。召喚獣はゲート内に集って情報交換するだけだ。誰でもヒョイヒョイ移動できてしまうと物語が盛り上がらないと思いあえてそういう設定にしたのだが、ひとつ例外があった。正確に言うと、召喚された後におれが例外を作った。 座標指定転移魔術が付与された魔術付与巻物(マジックスクロール)。おれの提案でリンドバーグ夫妻が実用化したものだ。 最初は猫型ロボットの「どこ〇もドア」的な魔法具(アーティファクト)があればと考えた。そうすればグブリア帝国へのお忍び旅行も一瞬。おれは密かに子爵夫妻直伝の魔術知識をもって公式を組み立てていたのだが、汎用性が高い魔術ほど構築は難しく、その魔術を付与するとなると莫大な魔力が必要となる。そこで、ピンポイントで場所指定すれば転移魔法も魔術付与も実現可能ではないかと考えた。 構想ノートに書いたギャクハ―王国について覚えているのが、独自の魔術開発を進め、その魔法はグブリア帝国の魔塔とは違う進化を遂げたということ。そのザックリした設定のおかげか、おれが発案した魔法具(スクロール)はあっさり上手くいった。 今のところ正確な地図がある王都内しか場所指定できないが、座標指定転移魔術の公式は門外不出。リンドバーグ夫妻しかその魔法具を作れないとあって王室や貴族から注文が殺到し、なかなかの利益を上げている。魔術の付与対象をドアや鍵、アクセサリーなどにせず魔術付与巻物(マジックスクロール)という形にしたのは、王都地図をあらかじめ印刷しておけば位置情報が一目瞭然だからだ。しかも巻物を破って魔術を発動させるというスタイルは魔術構築研究サロンで斬新なアイデアとして称賛された。おまえのアイデアじゃないだろ、という元の世界からのツッコミはおれの耳に届かない。あーあーあーあー。 ちなみに、魔術構築研究サロンとは純粋に魔術を極めようとする者が身分や種族問わず集まる覆面サロン。主催者も覆面だが、サロンメンバーのほとんどはリンドバーグ夫妻主催だと知っている。おれにとって社交とはこのサロンにおける議論であり、舞踏会でマウント取り合うことではなかった。オリビアに蘊蓄垂れるほど魔術に詳しくなったのはサロンのおかげだ。 ついでにサロンメンバーにはスクロールの発案者がおれだということも知られている。覆面とはいえ、顔は隠しても魔力は隠さない。そしてサロンメンバーで魔力ゼロはおれしかいない。魔力ゼロでリンドバーグ夫妻主催のサロンにいるとなればおのずと正体は分かるというもの。 ずいぶん話が遠回りしたが、おれが発案したスクロールを使用してフォスター侯爵は子爵邸を訪れたのだった。結婚か婚約した家門同士は緊急用として互いの家の座標を指定したスクロールを一枚ずつ交換する、という慣習ががいつの間にかできていたらしい。 おれとオリビアの婚約破棄は彼女の父親であるフォスター侯爵にとって緊急事態だったわけである。魔力ゼロのおれと婚約なんて、侯爵にしてみれば娘のわがままに仕方なく付き合っているだけなのだと思っていたが、意外にも今回の縁談はフォスター侯爵が望んだことらしかった。 おそらくだが、侯爵が欲しているのは子爵夫妻が構築した様々な魔術公式と未来の大魔導士とも噂されるおれの可愛い可愛い妹との接点。婚約当初おれ個人には何も期待していなかっただろうが、フォスター侯爵はスクロールで訪れた夜「実はゼン殿はすごい方ではないかと密かに思っておりました」などとおれとリンドバーグ夫妻の前で薄っぺらい嘘をついた。侯爵が帰ってから我が家は大爆笑だ。 コトラを召喚して契約したのは未来の大魔導士であり一才になるおれの妹のアン。おれは妹がゼロ才にして召喚した魔獣を借りているだけ。 おれの左右の鎖骨と大腿骨、手足の甲には小さなマナ石が埋め込まれている。これはリンドバーグ子爵夫人により施されたものだが、それらのマナ石を経由してコトラの魔力がおれの体内に供給されて魔術を使うことができる。これこそ魔力ゼロでも魔術を使える裏技なのだが、マナ経路がないおれは血管で代用してマナを体内に循環させるため、慣れないうちは鼻血ばかり出していた。慣れて加減がわかるようになってきたのはごく最近だが、常時マナを供給されるとすべての穴から血を流して死にそうなので魔術を使う時だけ「マナちょうだい」とコトラにお願いしている。つまり、おれはコトラがいないと魔術が使えないし普段魔力ゼロなのは変わりない。 「ねえ、ゼン。わたしもその召喚獣に乗ってみたいんだけど」 「それは無理です」 「少しくらいいいじゃない。二人で魔獣の背に乗って王都を散歩したらみんな羨ましがるわ。魔力ゼロだからってあなたをバカにする人もいなくなるわよ。どうして今まで魔力がないなんて嘘ついてたの?」 「わたしに魔力はありません。それに、コトラはリンドバーグ家の者以外に触れられるのを嫌います」 「わたしとゼンが結婚したら、わたしはリンドバーグ家の人間よ」 「わたしと婚約破棄すると言われたではありませんか」 「だから、あれは冗談だったって言ってるでしょ!」 痺れを切らしたらしく、オリビアはソファから立ち上がってこぶしを震わせた。 「下手に出てあげてたのに何様のつもり? たかが子爵家の養子が侯爵令嬢のわたしを侮辱するなんて許されないわ」 「ですから、フォスター侯爵令嬢にわたしは相応しくないと言っているのです。あ、いや、逆でした。フォスター侯爵令嬢はわたしの妻として相応しくない、と言った方が正確ですね」 ガシャン、とオリビアは派手な音をさせてティーカップを床に投げつけた。 悪役令嬢としてはまさに真っ当な行動である。三か月間オリビアに付き合ってきたおれの感覚はそこそこ麻痺しているからこれくらいで動揺するはずもないし、オリビアの侍女二人も流れるような連携プレーで散った破片を始末する。 おれは内ポケットに忍ばせていた封書を取り出し、テーブルの上にスッと置いた。 「これは?」 腰に手を当てて仁王立ちするオリビアをソファから見上げるのはなかなかの迫力。それも今日で見納めかと思うとついじっくりと眺めてしまった。黙っていれば美人なのだが、どうやらおれの不遜な視線が彼女の機嫌を損ねたらしく、真っ赤な靴がテーブルの上の封書を踏みつける。 「恋文でも書いたの?」 「まさか。オリビア・フォスター侯爵令嬢。あなたとの婚約破棄申立書を法務院に提出いたしました。これはその控えです」 「婚約破棄……申立書?」 「後日、同じ内容のものが法務院から届くでしょう。法務院による調停はそれからになります。申立事由はオリビア・フォスター侯爵令嬢の不貞行為。わたしという婚約者がいながらジョージ・ファイアストンと懇意にし、彼と共謀して大勢の前でわたしを侮辱しました。その旨詳細に記してあります。またこれまでわたしに対して行った(自主規制)(ピ―――――)(自主規制)(ピ―――――)についても書かせていただきました」 オリビアの顔が彼女の履いた靴と同じくらい赤くなっていく。 「いったいわたしが何をしたって言うのよ!」 「聞き取れなかったようですので、もう一度繰り返しましょう。わたしという婚約者がいながらジョージ・ファイアストン男爵令息と(中略)、(自主規制)(ピ―――――)や」 「黙りなさい!」 おれが素直に黙ると代わりにコトラが喋りはじめる。 「フォスター侯爵令嬢。法務院の調停が入ればゼン・リンドバーグが提出した書類は今後七十年に渡って保管され、令嬢との結婚を考える貴族はその記録を参照できるようになります。書類にはゼン・リンドバーグと婚約する以前の令嬢の男性遍歴も調査して添付いたしましたから、 (プライバシー保護)( ピ――――― )卿や、(プライバシー保護)( ピ―――――― )卿、(プライバシー保護)( ピ――――――  )卿など、あなたと関わりを持った令息たちにも何かしら不利益が生じるかもしれません。そうなればフォスター家の信頼は失われ、オリビア様との結婚を望む方もいなくなるかと。ですが、今ならまだ間に合います。侯爵家が本日中に婚約破棄を認めれば、ゼンは法務院への申立てを取り下げるつもりでおりますから」 魔獣らしからぬクソ丁寧な物言いのせいか、オリビアが怒りに震えながら睨みつけてくるのはおれ。どんな顔で睨まれようが痛くも痒くもないが、むしろ快感を覚えてしまう自分は何かの扉を開いてしまったのではと少々不安になる。 「ざまぁ」コトラが小声でつぶやいた。 そうだ。おれはアブノーマルな扉を開いたわけではなく、「ざまぁ」を成し遂げたのだ。その証拠におれはオリビアのヒールで踏み……(自主規制)(ピ――――)られたいとは思わない。 「オリビア、婚約を解消していただけませんか?」 おれはあえて彼女を名前で呼んだ。両目からレーザービームが出そうなほどのオリビアの目力。 「いくら召喚獣が使えても子爵家の跡継ぎとしては失格ね。侯爵家との縁談を脅して破棄させるなんて、あなたきっと後悔するわよ。覚悟しておきなさい」 「あっ、そういえば言うのを忘れていました。リンドバーグ家の後継者はわたしの妹のアンに正式決定いたしました」 「はっ? あなたの妹って、まだ一才でしょう?」 「ギャクハ―王国では魔力の強さが第一ですから。あと、父がこのたび陞爵し、侯爵の爵位を授かることになりました。スクロールの普及が功績として認められたようです」 「まさか! たったそれだけで子爵が侯爵だなんてありえないわ」 「これまでも王室から打診はあったようなのですが、父が断り続けていたようです。魔力が飛びぬけて優れたわが妹が生まれたことで、彼女を守るために受けることにしたとか。わたしのかわいい妹のアンにはうんざりするほど婚約の話が来ているのですが、これで少しは断りやすくなりそうです」 異世界モノで生まれながらの婚約者というのは珍しくないが、未来の大魔導士と言われるアンには今から唾つけたがる輩が多すぎる。リンドバーグ夫妻は政治よりも魔術研究に勤しみたいのだが、貴族たちからの強引な求婚で研究にも支障が出始めていた。それに加えてここ三ヶ月のあいだ侯爵令嬢の傍若無人ぶりを目の当たりにし、最終的に彼の背を押したのは舞踏会での婚約破棄宣言。 普段穏やかなリンドバーグ子爵(パパン)がフォスター侯爵の帰宅後、 「ゼン。ざまぁと言わせてあげるから楽しみにしてなさい」 と隠れた本性を初めて垣間見せた。そうして完璧な婚約破棄申立書が出来上がったのである。 ちなみにリンドバーグ夫妻は自分たちのことを「パパン」「ママン」とおれに呼ばせる。子ども欲しさを拗らせた優しい子爵夫妻を前に、おれはその願いを退けることはできなかった。親父にも「パパン」なんて言ったことないのに。 「ざまぁ」 おれはオリビアに向って言う。彼女は「はっ?」と首をかしげた。 そりゃそうだ。「ざまぁ」はリンドバーグ家でしか通じない。おれが元の世界から持ち込んだ外国語である。オリビアに振り回され続けたこの数ヶ月、我が家では「ざまぁ」がブームになっていた。「ざまぁ」と言ったところで内輪ウケはするが、言われた本人に侮辱と受け取られることはない。 「今あなた、わたしを馬鹿にしたでしょう?」 おっと、伝わったらしい。さすが悪役令嬢。悪口には敏感だ。 「まあいいわ。あなたが子爵家を継がないのならお父様も婚約破棄を認めてくださるから。わかってるでしょうけど、わたしあなたにはこれっぽっちも興味がないの。あなたのような魔力のほとんど感じられない人間が使う召喚獣なんてたかが知れてるしね」 おれの魔力など一切ないのだが「ほとんど感じられない」などと曖昧な言い方をした上にコトラが「たかが知れてる」だなんて、魔力感知能力が低過ぎやしないか? とにかくおれはさっさとババ抜きから離脱して王都を出る。パパンとママンにはすでに魔塔を目指したいと伝えてあるし、それが王国の危機を救うためであることも説明した。最終目的である「アノ子とキス」は二人を説得するためおれの心に秘めたままだが、それは王国を救ったあとで話せばいい。 リンドバーグ夫妻を説得する過程で子爵家から籍を抜くことも渋々だが認められ、この婚約破棄さえ成立すればおれは晴れて自由の身。いや、少々予想外の条件をパパンに出されて完全な自由というわけにもいかなそうだが、それについては追々考えれば済む話だ。 ちなみにおれが籍を抜いて平民になることはオリビアに言うつもりはない。侯爵令息との結婚を逃したと父娘ともども地団駄踏めばいいのだ。 「では、フォスター侯爵令嬢。婚約の話はなかったことに、ということでよろしいですか?」 「結構よ」 「そうですか。ではコトラ、あれを」 おれが手を差し出すとコトラは亜空間ゲートから一枚の紙を取り出した。その様子に目を丸くするオリビア。「ざまぁ」と心の中で叫ぶおれとコトラ。 「では、こちらにサインをお願いします」 ゲートを見せたせいかオリビアの手に躊躇いがあった。おれは最後のダメ押し。 「申立書にある(プライバシー保護)( ピ――――― )卿や、(プライバシー保護)( ピ―――――― )卿、(プライバシー保護)( ピ――――――  )卿には口止めしておきますので、ご心配なく」 クッと悔しげに歪めた顔も美しいオリビア。さすが悪役令嬢はまだ十六だから。 「サインしたわよ! これで満足?」 「はい。これでわたしとあなたは紛れもなく赤の他人となりました。どうぞファイアストン卿と燃え上がるような恋をお楽しみ下さい」 気の利くコトラはすかさずおれにマナを送る。血管内で魔力を錬成し、手のひらの上で咲く炎の花は舞踏会の夜オリビアが出したものと違って複雑な形をし、それはまさにガスコンロ。ガスコンロを知らないこの世界の人間には花に見えるようだが、火の玉を作るより少ない魔力で済む上なんとなく「すげぇ」と思わせられる。案の定オリビアは憎々しげな眼差しをおれに向けた。 「ゼン、もうここに用はない」 コトラがのそっと立ち上がる。 「そうだな。そろそろお暇するとしよう。それではフォスター侯爵令嬢、お元気で」 おれはコトラを腕に抱え、懐から取り出したスクロールを破る。最後に見たのはスクロールに手を伸ばそうとしてテーブルに躓いたオリビア。その背後で笑いを堪える二人の侍女の姿だった。 ようやく小説のニページ目が終了する。だが、おれが王都を出るためには小説の三ページ目をクリアしなければならない。 立ちはだかるのはパパンとママンだ。
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