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いつもより低い声で光一郎がささやいた。七瀬も目をやる。墓石の間の細い道沿いには、桜や楓が等間隔に植えられていて、はらはらと色づいた葉をこぼし続けていた。ひときわ立派な桜の樹木の向かいに祖父の墓。その場所に、はらりはらりと赤や黄が散る中で、ひとりの女性が佇んでいた。20代だろうか。白地に縞柄が透けた着物に紅葉や菊の文様があしらわれた帯という和装姿。遠目にも目を惹く。うつむき加減で表情がまったくみえないのもあり、
「僕たち視ちゃった系?」
光一郎が一歩後ずさる。
「そ、そういうこと言うなよ。聞こえるだろ」
七瀬が眉をしかめてみせるが、光一郎と同じく後ずさる。
「じゃあ、なな君先頭で」
「は? ちょっと待てよ。押すなって」
七瀬の背後にまわった光一郎はそんな抵抗に屈することなく押し続ける。光一郎からのがれようと七瀬が身をよじる。
「怖がってるぅ」
「うるさい。お前が変な風に押すのが悪い」
「ふふふ」
軽やかな声に、ふたりは一瞬動きをとめてそろって前を見る。和装姿の女性がにこやかに七瀬たちに微笑んでいた。色白の、かわいらしい、と思える顔立ちをしている。柔らかそうな髪が一筋頬にかかり、ほほ笑みながら彼女はその一筋を耳にかける。
「仲良しね」
七瀬にとって一番こたえづらいところだ。
「うらやましいですかー?」
光一郎はへらりと笑いかえす。
「えぇ、少しだけ」
女性は目じりを下げてどこか遠い場所をみるような表情をする。そして、何かを確かめるように細い指をそっと七瀬にのばす。その女性の様子をぼんやりと眺めながら、七瀬は女性がかすかな声でだれかの名をつぶやいたのが聞こえた気がした。
「お姉さんここらの人?」
光一郎がにこやかに問いかける。その声に、「えぇ」と同じようにうなずきかえし、にこやかに光一郎に微笑み返す。木漏れ日の中で、似通った笑顔で笑いあうふたり。七瀬だけ居心地悪そうに顔をしかめる。さやかに風が流れていき、女性はほんのりとした笑顔を口元にだけ残したまま一筋の髪を耳にかける。そのあとは七瀬たちにすっかり興味を失ったかのような顔つきになり、
「じゃあお先に」
と背を向けて歩き出した。
彼女の後ろ姿が道の先を左に曲がり、木立の向こうに見えなくなるまで見送り、風が周囲の木々を揺らした音で我に返ったように七瀬が言った。
「生きてたじゃん」
「なるほど、なな君あないな感じがタイプなわけね」
「なんでそんな話になるんだよ?」
「ぼーっとみちゃって、やらしー。この前は沙紀ちゃんとええ感じかと思うたら。この年年好きっ」
「はぁ? あのなぁっ」
「はいはい。言い訳はええで。それよりちゃっちゃと自分の箒を借って来てくださーい」
「持ってるじゃん」
七瀬が光一郎の手元を指さす。
「これは、僕の。七瀬くんのはどこですかぁ? 僕一人に全部やらせるつもりですかぁ」
「言えよ……。初めに言えよ。あぁ~、もう、わかったって。行ってくるからちょっと待ってろ」
ぐしゃりと髪をかきむしって顔をしかめて見せてから、七瀬は来た道を小走りで戻っていく。その後ろ姿ににんまりとほほ笑みながら光一郎が手を振る。
「はーい、いってらっしゃーい」
と言い終わる頃には、光一郎の顔から笑みはすっかり消えていた。先ほどの女性が消えていった道の先に目をやり、何かを考えるように右手の親指で顎をなでる。素早く視線を七瀬の祖父の墓に戻し、左手に持った箒で探るように墓の周囲の落ち葉をかきわける。一輪の、橙色の菊の花があらわれた。光一郎はほんの一瞬だけ顔をゆがめ、ため息を吐き、右足で、ゆっくりと、花を踏み潰した。丁寧に丁寧に丁寧に。
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