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姉弟と吊られた友達
「知ってる? てるてる坊主って女の子なんだって」
窓の外に激しく降る雨を見ながらノゾミちゃんは弟のユウキくんと僕に向けて言った。
「中国のお話でね、雨の降り続ける地域のために一人の女の子が神様のお嫁さんになって天に連れていかれたの」
「その連れてかれた女の子がてるてる坊主なの?」
ユウキくんが聞く。
「そう。坊主なのに、女の子」
へー、と離れた所で聞く僕は感心した。知らなかった。ノゾミちゃんは博学だな。
じゃあ僕はまがいものってわけだ。
だって男だし。
「でも晴れればなんだっていいんだよ。だから別に男でも気にしない」
そう言ってノゾミちゃんは優しく僕の裾を引っ張る。
ふふ、ノゾミちゃんらしいな。
「雨、やまないね」
「うん。この雨音だとまだ降り続けるね」
「はやくやまないかなぁ」
ユウキくんが泣きそうな声で言う。
二人がいるのは山のお家のなか。
木造の家は雨の湿気を吸って室内もじっとり湿度も高くて薄暗い。
山の天気は気象が激しいし雨が多い。止むかと思えばすぐに降る。
だからって迂闊に出歩かない方がいいよ。晴れるまでゆっくり過ごせばいい。
「ちゃんと吊るしてるのになぁ」
ユウキくんは振り返り僕の方を見て言う。
う、僕のせい?
「ボクたちのお願いって伝わらないの?」
窓の向こうにはザアザアと雨が降っている。
吊るされた僕は止まない雨を見てゆらゆら揺れるだけ。
役目をまっとうできなくてごめんね。
「どうせ外に出れないならお絵かきしよう」
ノゾミちゃんはランドセルの中からクレヨンを取り出す。
「雨だって楽しく過ごせるよ。憂鬱なことも絵を描いて忘れちゃおう」
「お絵かき?」
「うん。ユウキの好きなもの描いてあげる」
さすがノゾミちゃんはお姉ちゃんだな。
ノゾミちゃんだってまだ小学三年生なのにもう小学生になったばかりの弟の面倒をみるなんて。
逆に弟のユウキくんはノゾミちゃんと反対でおっとりしている。ぼんやり口をぽかんと開けてる姿は可愛らしいが危なっかしい。
しっかり者のお姉ちゃんがいてよかったね。
「かんせい!」
「ユウキは何を描いたの?」
「てるてるぼうず!」
完成した絵をユウキくんは僕に向けて見せてくれた。
ノートには太陽のもとで笑うてるてる坊主。
うん、上手に描けてるね。
「そうだ仲間をつくろう! てるてる坊主もいっぱいいれば早く雨があがるかも」
ノゾミちゃんがポケットをあさる。
「たくさん作って窓側に並べよう。そしたら神様だって気づいてくれるよ」
姉弟はポケットティッシュを丸めててるてる坊主を作る。
少ししかないティッシュはすぐに底をつき、てるてる坊主は結局二体しか作れなかった。
「友達が増えて嬉しいね。これで寂しくないね」
完成したばかりのてるてる坊主を飾りながらユウキくんは僕に笑顔を向ける。
うん、嬉しいよ。僕のためにありがとう。
「おなかすいた」
ユウキくんはお腹を押さえた。
「クッキーがあるよ。食べよう」
ノゾミちゃんはランドセルから花柄の巾着を取り出す。そのなかにはクッキーの小袋一つと飴玉が数個入っていた。
「学校でこっそり食べなってお母さんが入れてくれたの。クッキーはこれで最後だけど」
ユウキくんは美味しそうにクッキーをかじった。ノゾミちゃんはクッキーを味わうように食べる。
「いっしょに食べる?」
ユウキくんが僕にクッキーを差し出す。
「おいしいよ?」
ごめんね、僕はこんな姿だからクッキーは食べられないんだ。
微笑ましい光景を見た後ノゾミちゃんは窓の外を見て呟く。
「雨、まだ止まないね」
「まだやまない? 今日もだめ?」
「うん。また一日終わっちゃう」
「いつ晴れるの」
「もうちょっとかな。もう少しの我慢だよ」
「もうすこしってどれくらい? ずっとこんな天気いやだよ」
「大丈夫。今はお日さまが休憩してるんだよ。絶対晴れる。晴れたら家族皆でお出かけしよう」
「はやくお父さんとお母さんに会いたいよ」
「ユウキ……」
「僕たちいつまでお家に帰れないの!」
山中にある薄暗い山小屋では姉弟が二人震え泣いていた。
窓枠には手作りのてるてる坊主二体と天井からぶら下がる男の死体がゆらゆら揺れている。
雨はまだ止みそうにない。
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