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スタバが飲めなくなる、乙女
2016年、新卒切符を引っ提げ、特に何か武器があるわけでもないのに会社のネームバリューに惹かれて入った会社で、続々と辞めていく同期をよそに毎月欠かさず同期会をしてくれる光さんという同期がいる。彼は実家が都内にあり、3人男兄弟の真ん中っ子。真面目な風貌とは裏腹に少々頭のネジとお財布が緩い男である。
「杏さん、4月で切れてしまうスタバチケットがあと30枚あるんだ」
明日はエイプリルフールだねなんて言っていた矢先のLINEだった。
「30枚って約1万5千円分だよね?どうしたの?」
「ついつい買いすぎてしまって、そんでもってスタバに飽きちゃって」
彼はこの、ついつい、をよくやってしまう。ついついセールになってたからフランフランでクリスマスツリーのオーナメントを買ったり、ついつい赤ちゃん服のお店の前を通ったから甥っ子に服を買ったり、ついついクリスピードナッツを飲み会の前に食べてしまったり、彼のついついは実家暮らしで何不自由無いはずの彼のお財布事情を苦しめる要因になっていた。
「1日1スタバで何とか期限内に飲み切れるね」
単純計算、いけそうじゃない?と付け足して私はLINEを返した。
「それがさ、スタバに飽きちゃって」
と、彼は繰り返す。
大学生で地方から上京した私にとって、スタバはオシャレの権化であり、スタバで勉強している女子高校生に憧れを抱いていた。
毎月出る新作のフラペチーノ、かわいいタンブラー。学生には少々高価で、スタバに行きたい気持ちを抑えてドトールにいくことも多々あり、社会人になってからは私たちはよくLINEでスタバのチケットを送り合い、日々の疲れを糖分で吹き飛ばそうという激励を送り合っていた。
スタバチケット買い取ろうか?という私の申し出に対し、彼は、お金はいらないからチケットを消費して欲しいとチケットが保管されているURLを共有してくれた。何だが悪い気もしたが、毎日スタバを飲んでMac PCをカタカタできるなんてラッキーじゃない?と思い、ありがたくチケットを使わせてもらうことにした。
「杏さん。チケットがまだ11枚もあるんだけど、どうしたの?」
2週間後、彼からそうLINEが来た。
最初の1週間はちょっと高めのフラペチーノや季節限定の飲み物を頼み楽しんでいたのだが、後半どこか飽きが来てしまった。何を頼んでも甘い。特別コーヒーが好きなわけでもなく、最近のスタバは学生が勉強をしていることが多くて席がないし居心地もいいわけではない。わざわざ歩いて15分のスタバに行くのもめんどくさくなっていて、残り11枚で私はスタバギブアップしてしまったのだ。
大好きだったはずのスタバ、甘さと同じくらいカロリーへの罪悪感が募り、私の体がスタバを受け付けなくなってしまったことに気づいたのだった。
思えば、好きだったはずのたこ焼きも油もたれが気になり食べられなくなっている。私の体はすでにあの頃の私が好きだった食べ物から胃へ優しい食べ物を求めるようになり、内なる乙女も「スタバは飽きた」と吐き捨ているのである。地方で女子高校生をしていた当時の私が聞いたら、なんて贅沢なんだと言うだろう。
残ったスタバチケットはさらに知人へとURLを共有し、無事消化することができた。
「まあでも8月に切れるチケットがあと20枚あるんだけどね」
彼は抜け抜けと言う。内なる乙女はスタバにはもう反応しなくなっていた。
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