ティファニーで朝食を食べたい、乙女

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ティファニーで朝食を食べたい、乙女

 カポティ作の「ティファニーで朝食を」は誰しもが一度は耳にしたことがある題名だろう。多くの人はオードリーヘップバーンが主演を務める映画の方を思い浮かべるかもしれないが、私にとってこの作品は文学の作品である。  元々、家には絵本や図鑑、小説が天井まである本棚にびっちりあるような家だったので、映画よりも活字が好みであった。カポティのティファニーで朝食を、も感受性豊かな学生時代に読んだ1冊であった。  大学生の時になると、サブカルチャーが市民権を得て、デート中に映画の評論を鼻高々にする男の子が多くなった。 「『ティファニーで朝食を』って映画いいよな!オードリーヘップバーンが最高で。」彼は嬉々として私に映画の感想を言ってくれた。 へえ、そうなんだ。私も見てみようかな、なんて心にも思ってない言葉を返して彼に相槌を打つ。なぜならティファニーで朝食を、は私の中では文学であって映画ではないのだから。映画を見てしまったら、文章で読んだ時のあの気持ちを知らない監督の解釈で上書かれてしまうような気がしたのだ。  私は28歳になるまで、オードリーヘップバーンが劇中で歌った「moon river」を知らなかった。しかし、何かのきっかけでmoon riverを知り、儚さを含むそのメロディラインの虜になるのは言わずもがなであった。  幼少期からバイオリンを習っていた私は、バイオリンアレンジでこの名曲を演奏したいと思い、賃貸アパートの壁に楽譜を養生をテープで貼り付ける。リモートワークが主流になっていた時流もあり、私はお昼休みのたびにmoon riverを弾き、寝る前は3時間エンドレスでmoon riverが流れるYoutubeを聴いて眠りにつく、そうmoon river中毒と言っても過言ではない生活を送っていた。  「将司さんは、moon riverって知ってますか?」 それは今思えば恐ろしく愚かな質問であった。 「え?知らないな。ピアノの曲?俺ピアノ全然弾けないんだよね」 と彼が言い、素敵な曲なんですと私は返した。  将司とは職場で少し話す程度の男性で、懇親会を経てたまに連絡を取り合う仲だった。ミステリアスな雰囲気と、じっと目を見て話してくる顔やアンニュイな瞳が気になり、彼に私という人間を意識して欲しかった内なる乙女は、1つの策を思いつく。 「単純接触効果」  現実でも脳内でも、その人と会ったり話したり、考えたりする回数が多ければ多いほど、彼の脳内シェアを私と言う存在で奪うことができ、もしかしたら私のことをいいなって思ってくれるかも!?そう思っての「moon riverって知ってますか?」の発言だった。彼がピアノを弾こうが弾けまいが、関係ない。moon riverの曲の素晴らしさはどんな人間も虜にしてしまい、moon riverを聞けば聞くほど私を思い出す・・・。そんな作戦であった。  ティファニーで朝食を、は物書きである主人公がオードリーヘップバーン扮する娼婦に恋をするが、報われない恋ため、ラストはほろ苦いものとなっている。きっとカポティはこの物語の主人公だな、と幼い頃の私は想像を巡らせていた。  moon riverは私の生活や脳内に溢れている音楽であり、この素晴らしい曲を将司という男性に紐づけてしまったため、私は意図せず将司を思い浮かべる回数が増え、恋に落ちたのは私の方であった。  原作にはティファニーで朝食を食べるシーンは描かれていない。  NYの5番街にあるTiffany.COはジュエリーを専門に扱うキラキラとした世界を象徴とさせるお店だ。キラキラした街でキラキラしたお店に映るのは、願った様にはうまくいかない現実とそんな現実を生きる自分。私だって将司というショーウィンドウに少しでも映って欲しかった。  moon riverはいまだに壁に貼り付けたままだし、ふと将司を思い出してしまうこともある。  内なる乙女は今日も己の策に溺れてしまうのだ。
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