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「あのさぁ、ラズロ!」
「いいかリンジィ。その口を今すぐ閉じろ。俺の繊細な硝子細工でできた二日酔いの頭が砕け散るだろうが」
「いっぺんパリーンって割れちゃえ。そしたらあたしが粘土をこねこねしてあたし好みの小顔を作ってのっけてあげるから。ついでにそのごっつい時代遅れの自動義肢は最新のすら~っとしたやつに取り替えるといいよ、ワクワクドキドキの十二頭身になれるよ」
「そんな妖怪バランスには憧れとらん」
ありとあらゆる学問を修め、地球の最高学府を十歳で主席卒業したリンジィ博士は現在十二歳。
ただのおっさんラズロは四十五歳。
骨董品と呼ばれる旧式自家用宇宙艇の持ち主と、雇われ操縦士という関係である。
「見て!これはあたしが持つ全知識を凝縮した『雨滴』だよ!聴くことができなくなって久しい雨音と雨が降る映像を脳内で再現できるんだ!」
ラズロは遠い目になった。
人類が宇宙に進出して百年。
環境破壊が極限まで進んだ地球を護るのは、幾重もの特殊樹脂でできた円蓋だ。
地球の円蓋の最も内側には一握りの特権階級が居住する。
飛び立つ財力もない最も貧しい人々は、一番外側の円蓋にしがみつくしかなかった。
あの外壁を叩く雨の音を、ラズロは知っている。
「ほらー、綺麗でしょ?ちなみに飲み薬と耳飾りと脳内に撃ち込むタイプだよ。どれにする?素晴らしいと思わない?選択肢が三つもあるんだよ?」
リンジィは青く輝く小瓶を三つ並べた。
「揃いも揃って冥府行きの片道切符にしか見えねぇ」
「違うよ、地獄巡りの素敵な旅だよ。できたら全部試してほしいんだ」
できたらというのは嘘だ。
ラズロには選択の余地は初めからない。
「リンジィ。おまえのろくでもない発明のせいで俺は今まで何回死にかけたと思ってるんだ」
「十八回だよ。でも今まで死んでないから大丈夫!」
「そりゃありがたい。黒焦げになったりバラバラになったくらいでは逝かねぇもんな。でも人間は脳天直撃されたらさすがにやばいということだけは頭に入れておけ」
「あ、でもこの間のスーツは声が入れ替わっただけだよね!」
「ああ。おまえの声とな。三日もの間、俺は自分が垂れ流すストロベリーボイスに絶望しか感じなかったよ」
「あたしは面白かったよ、カッスカスに酒焼けしたおっさん声!」
「黙れ。覚悟はできた。さあやれひと息に!」
赤い耳飾りをつけ、怪しい青い液体を飲み下すと同時に頭を貫いた何かのせいで、ラズロの意識はどこかに消し飛んだ。
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