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「……あの、違うんです」
リアが僕を見上げる。
「その、誰かはいたんですけど、それが誰なのか覚えていないんです」
覚えていない、そんなことがあるのだろうかと思ったけれど、そう言うのなら、そうなのだろう。
「それと、あなたにここが東の果てなのかと聞かれた時も、本当は少し困りました。そうだとは聞いていたのですが、本当に伝え聞いていただけだったので。でも、今日、ようやく確信できました」
「どういうことですか?」
「もうひとつ、伝え聞いていたことがあります。いつか、ここを目指して来る者がいると」
僕を見て、柔らかく微笑んだ。なんだかとても、すっきりとした顔をしている。
「あの、そろそろ中へ戻りませんか? 日が傾いてきたので明かりを灯さないと。ここの夜は、暗いですから」
言われて辺りを見回すと、鬱蒼とした森には、外よりも早い夜が訪れようとしている。
スフィンクスにも劣らないほどの装飾錠にリアが手をかけ、ゆっくりと手前に引いた。
先ほどと同じグレートルームに通され、リアはひとり、明かりを灯しに行った。
部屋の扉が閉まり、再び冬になる。
暖炉の炎が弱まっていたので、積み上げてある薪をいくつか暖炉の中へくべ、椅子の背中にかけていた毛布をつかんで暖炉の前に戻る。
ゆらゆらと揺らめく炎に手をかざす。ぼんやりそうしていると、不意に違和感を感じた。僕の手のひらは、ずっと冷たいままだ。腰を丸め、炎に近付けてみるけれど、一向に温まる気配がしない。そこではっとなる。僕の体は半分しか見えない。もしかすると、今はもうそれ以上なのかもしれない。
このままでは、間違いなく消えていく運命だ。
くるまっている毛布すら、無意味に思えて仕方ない。大きなため息をついた。すると、いつの間に戻っていたのか、リアが僕の隣に立っていた。
「寒いですか?」
見当違いなことを真面目な顔で聞かれ、困りながらも、大丈夫だと答えた。
「もうひとつ、聞いてもいいですか?」
どうぞと、顔で答える。
「ショウさんは、どうしてここへ?」
僕がここへ来た理由。それは、それは……
体が半分しか見えなくなり、フォーチュンテラーに東へ向かえと言われ、覚悟を決めて国を出たのがいったいどれくらい前のことだっただろう。
「……ショウさん?」
思い出せ、思い出せ、思い出せ……
「どこか痛むんですか?」
リアが、僕の手をにぎった。
驚いた。その手は温かく、ちゃんと温もりを感じる。瞬間、ふわふわと迷っていた視点がぴたりと定まった。その直後、味わったことのない既視感に襲われた。
そこに僕はいて、今見えているもの全てがそのまま同じだった。
一瞬の出来事に、わけが分からなくなる。
「ショウさん?」
リアの心配そうな声が、ようやく耳に届いた。
「……あ、その、大丈夫です」
何か言わなければと、一応の返事をした。
「私、余計なことを聞いてしまったみたいで……」
申し訳なさそうな顔ですみませんと頭を下げるから、咄嗟にリアの肩をつかんで頭を上げさせた。
目が合った途端、僕がここへ来た理由を、本来の目的を、しばらく忘れていたそれを鮮明に思い出した。
──食べたい、食べたい、君を食べたい。
胸の昂ぶりが加速する。それでも、自制心を抑えようとする自分もいた。ただ、生きようとする無意識の自分の方がはるかに強い。
リアの手を取り、手の甲に口づけた。拒絶されると思いきや、彼女は唇をきゅっと結ぶだけだった。嫌がっている様子が見て取れないのは、単純に怖くて動けないからなのか、それとも、僕を受け入れてくれたからなのか。
すると突然頭がくらりとした。彼女の甘い香りに、食欲をそそられる。
途端に自制心はなくなり、僕の体の半分が、自分を取り戻すために息を荒げ始める。
体が、カラダを求めている。
彼女の首元に顔を埋め、香りを確かめるように思い切り息を吸い込む。たまらない。
その白くて細い首筋に、噛みついた。
──旨い、旨すぎる。
ぬるぬると生温かいものが喉に落ちていく。久しぶりの感覚に、身震いした。一度そうなると、もはや遠慮などできない。僕の全てがなくなってしまう前に、まずは僕の男の部分で頂くことにした。
持っていた毛布を暖炉の前に敷き、その上でリアの服を脱がせた。
この状況でも、リアが抵抗を見せることはない。それどころか、僕に肌を許してくれているみたいだった。
正直、愛撫をする余裕などない。けれど、いきなりわがままに振る舞うのも違う気がした。だから、リアの可愛らしい胸を両手でつかみ、こちらに向かって小さく主張しているそこを口に含んだ。舌で包むようにして小刻みに吸い上げると、リアが背中を反らしながら声を我慢している。
──感じているのか?
顔を見つめながらゆっくりと胸を揉んでやると、恥ずかしそうに顔をそむけた。
「気持ちいいんですか?」
リアは、そっと僕に視線を向けると、小さく頷いて答えた。下半身が、大きく脈を打つ。
可愛い。リアのことを、ものすごく可愛いと思った。
「ショウさん、あの……」
ゆるゆると胸を揉まれながら話す彼女が、たまらなく厭らしい。
「私──」
色を含んだ吐息が、まるで僕を誘惑しているみたいだ。
「肌を許すのは、ショウさんが初めてです……」
狂気にも似たその言葉だけで、どうかすれば絶頂に達しそうだ。
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