第六話

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第六話

まず一つは俺のレパートリーの少なさです。 高々居酒屋のメニューなんて決まっていたし、チェーン店に負けないようにするのが精いっぱいで勉強不足があだになってしまった。 それなりのレシピも持ってはいるが、そろそろ四十を目の前に、もうこれ以上の事をしようとは思わなかった。 でもここへきて、新しい食材、それに肉料理をできるだけかぶらないようにしようとすると無理がある。 「でもよ、俺はラーメンだけでやってきた、いまさら…」 それでも俺は、シンさんのお店に行って、季節ごとにいろんなことにチャレンジしていたのを知っているし、ベースには中華の基礎がある。 まあそれなりには勉強はしたさ。 だろ? それとミノルの酒の知識か? そうそれ、俺なんかオヤジの知識をかじったくらいしかないけど、ミノルがいれば、それなりに形が付くと思うんだ。 カクテルもいいな。 ハハハ、ヒロムの焼酎わりなんて、へでもねえよな。 そんなことは… 「まあ、上がってくれ、所沢くんだりまで来てもらうんだ、見るだけでも損はしないと思うよ、どうぞ、あ、靴もってな」 二人は失礼しますと言って家に上がった。 「いいか、電車の中で言ったけど、驚くだろうけど、他言無用で頼む」 「ここか?」 「普段は開けっ放しなんだけどな、とにかく、見てくれ」 階段下のふすまに手をかけた。 ヒロムが開けたのは押し入れと思うような古い柄のふすまだ。普通真ん中に、板があって上下に分かれるがそれがない。 周りはコンパネが張ってあって、上の方にはくぎが打ち付けて会って。箒やはたき、延長コードやリュックなんかがぶら下がっている。 だが押し入れなんか一歩ほどしかないはずなのに、なんだかトンネルの様で、向こう側が嫌に明るい。 何ぽ歩いたか、高々数歩なのは確かだ。 「ここで靴を履いてくれ」 石の床。にカーペットが敷かれ、その上に並んだ靴を彼は履いた。 サンダルもあれば女性の靴もある。 二人、靴を置いてはいた。 そこに靴ベラがあるよ。 かかっている靴ベラを借りながら、辺りを見た。 走り回っているのは子供のように見えるが、俺は目をこすった。 漫画や絵本の絵に出てくるような、一本角を生やし、耳のとがった色とりどりの子が、コックウエアを着ているではないか? 「鬼?」 「鬼だな」 ミノルもそう思っていたようだ。 ヒロムはその子たちにおはようとあいさつしている。 「なあ、ここ」 「うん、ヒロム君の店だよね?」 店をそのままここに移動させた、魔王の魔法はすごいものがあると言っていたけど、こんなことってあるのか? こっちへ来て。 彼の手招きに誘われたそこにはドア、お勝手だろうか? ドアを開けた。 「森?」 「いや、いやさっきの彼の家は住宅地で、こんな、マジか?」 二人、周りを見回してしまった。 うっそうとした森というか林? ヒロムは、異世界ですよ、異世界。ここにプロパンガスがあるんだけど、これ、俺らが運ばなきゃいけないんだ。 三本並んだプロパン、ガスも電気もないと聞いているけど。 「ここは後で作ったんだ、どうぞ」 ドアを開けると。 「うわー!」 「な、なんだこれ?」 「鳥の化け物!」 天井からぶら下がっているのはダチョウよりもっと大きな鳥? 「何騒いでるんだ?」また出た鬼? 「おはようジジ、俺の友達だ」 「そうか」 「立派だな、ロックバードか?」 「おうよ、うめーぞ」 ここは、魔王様が狩りで手にした魔物を解体する場所、彼のほかに三人いて、彼らに頼んでいるそうだ。 「漫画かよ」 「触ってみたらわかるよ、本物だぞ」 まじか? ヒロムは、内臓も頼むと言っている。 彼は任せとけと言って、大きなナイフを手にした。 電気がないから、ここで彼らに解体してもらい、向こうの冷蔵庫に入れる。 「これくらいなら一日でなくなるけどな」 大体一日平均何人来る? そうだな、百五十から二百かな? 「ウソだろ?」 「毎日かよ」 だから朝と昼のメニューは少ないんだというが。 「よくやってきたな」 ヒロムは首を振って、もうダメ、一日でいいから寝たいといったのだ。 どれくらい休んでないと聞いたら、ここへ来てからまだ休んでいないという。 まじか? それで俺たちに? それだけじゃないけど。 「うわー、大将、すっぽんとってくれ」 ジジが叫んだ。 すっぽん? ヒロムはトイレの中で使う、ゴム製のすっぽんと空気を送るものを手にした。 「二人とも来て、面白いの見せるよ」 俺達は二人のあとをついていった。 ロックバードの血が流れる側溝の先から、なにかがぬめっと出てきている。 透き通っているが血を体に取り入れたような色をしている。 「まさか、スライムか?」 名前はなかったそうだ、森の掃除屋と呼ばれていて、甥っ子がスライムと行ってからスライムという名前になったそうだ。 彼が側溝の先に、すっぽんを置き、ズコバコと音をさせながら空気を送った。 「こいつら、体があんなんだから、すぐに入ってきちゃうんだ」 「害はないんだけどな、一匹は入ってくると数匹は入ってくるからさ、追い出すのが大変でよ。これは最強だぜ」 最強、それがおかしかった。 「なあ、洗剤とかは大丈夫のか?」 それはだめだった、キッチンでは、洗剤用の排水は、さっきの押し入れの下に潜り込んでいて、向こうに流すようにしてあるんだそうだ。 洗剤以外はスライムが処理してくれるから何でも流していいそうだ。 トイレも家の方でしてほしいという、こっちにはトイレがないそうだ。 どこでするんだ? 一応トイレらしいのはあるんだけど、彼らは、魔法でどうにかしてしまうらしい。 ミノルがスライムを触ろうと手を出した。 「やめた方がいい、そいつら油の塊みたいなもんで、触ったら一日取れない」 洗剤でもか? 余計ぬめってダメだった。 さて中に入ろう。 「厨房は普通だな」 「よく電気を引っ張ったな」 「ワイハイも来てるからな」 それはすごい。 家の方も使っているから、ない物は、すぐ近くに、スーパーがあるし、家の中の冷蔵庫のを使ってくれてもいい。 二人はあちこち見ている。 「なあ、この王専用ってなんだ?」 魔王様専用の食器だよ。 デケーな、魔王ってデカいのか? 外人ぐらいだよ、二メートルあるかないか、只めちゃくちゃ食うんだよな。 どんぶりに、これは、大食いの時に使う、杯じゃねえか? 皿もデカいな。 肉中心だしな。 前はどうしていたんだ? 味なしの肉の丸焼き、この子鬼たちがしてたのさ。 まじかー? 「俺たちはせいぜい長く生きても80だ、仕事もそこまでできるかわからない。でもこの子たちはこう見えて、百歳以上生きているんだ」 ファンタジーの世界だ。 俺らの先輩かよ。 「だから俺は彼らに教える立場でもある、死んだ後を継いでもらうためにもな」 魔王でいくつだ? 千年以上生きてるそうだけど、わかんない。 まじか? 「大将、そろそろ」 「ああそろそろ時間だな」 「うわー、時計、時間は?」 向こうと同じだよ。と指差した先には普通の壁掛け時計。ただこれからが朝飯、五時から昼食、九時からがディナータイム。 「終わりは?」 「一応一時、その前に食材が尽きるけどな」 金(かね)は金なんだろ? 「ああ、一応小鬼たちがちゃんとできるから、金の重さで表示してあるんだ」 「でも円が書いてあるな?」 たまにお金を持ってくるのがいるんだ。 「そうだ、魔王も一緒に食べるのか?」 テーブルを並べ始めています。 彼等も手伝ってくれます。 床にしるしがしてあるのでそこへもっていきます。 「こっちになる、特別室」 ドアを開けた。 ひろ―いダイニングテーブルは、二十人はゆったりと座れる。 「また広いな」 いつもは半分なんだ、昨日は会議があってそのままでさ。 ヒロムはカーテンを開けていきます。 会議? 実は正月、親戚が集まるそうだ、そのための献立を作っている。 「半月先か?早いな」 「今年も終わるよ、ハ~クリスマスもなにもかにも飛んだな」 そうか、ここで休みを取っておかないと大変だということだな? そうなんだよね、悪い、そっちを持ってくれないか? テーブルは二つ、それを離した。 ヒロムは、間に仕切りをすると、天井から何かを引き出した。 「スクリーンか?」 「ああ、最初は映画とか見せたんだけど、今じゃリモートだよ」 リモート? 食事をしながら、いろんな星に出向いている魔族と話してる。 まじか? 進んでるな? どうなんだか、食事は頓珍漢だったけどな。 「大将、お客さん」 「ああ、準備はできてる?」 「今日は楽勝ね」 「ははは、たまには息抜きしよう、お客さん入れて」 はーい。 「息抜きって?」 「今日はパン、モーニングのセットとサンドイッチのセットと持ち帰り」 「そりゃあいい」 「でも魔族だろ?血の滴る肉の方がいいんじゃないのか?」 イイや、俺たちとかわらない、ましてや城の中で働くのは役所仕事のようなのと、兵士のような体力を使うのが中心。外からくるお客は、物珍しさで来るから、さほど関係ない。 見せてもらうと、Aランチは、トーストにゆで卵、コールスローサラダにポタージュスープ。それと飲み物は、コーヒー、紅茶、牛乳、ふーん。 Bランチはミックスサンドとポタージュスープ。それと飲み物。 持ち帰りは、ミックスサンドと卵サンド、カツサンド、三角のサンドイッチが二つずつ包んであるのか、これなら好きな分手にできるな。 「ビニルはないようですね?」 「エコ?というかビニルがないんだろうな?」 だろうね。 「あら、ヒロム、どちらさま?」 「ああ、これ、俺の姉、秋子」 「はじめまして」 前に話していた、イタリアレストランのシェフとラーメン屋の。 「ああ、北の国の、私味噌ラーメン大好きでよく行っていたんですよ」 それはどうも。 「姉ちゃん飲み物の方頼む」 「あいよ、みんなおはよう」 お姉さんも手伝っているのか? 助かっている話をした。 「オーダーです、Aランチ五つ、紅茶ポットで」 「はい!」 「B-ランチ、コーヒー牛乳二―つ、コーヒー一つ、ホットミルク二つです」 「はーい、紅茶、ポットで来たわよ」 「はい、カップオーケーです」 「エ~ランチ―、三つでーす、コーヒー牛乳も!」 「はーい、スープ、入ったよ、もって行って」 持ち帰りの方には、銀行なんかでよく目にする、並んで入れるようにするテープが置かれていて、ちゃんと並んでまっています。 そっちには一人ついていて。飲み物もオネエさん一人で大変そうだ。 「持ち帰りの飲み物はもう入れてあるようだな?」 「シンさん?」 「手伝う、俺でもできそうだ」 「なんだかんだ言っても料理人だよね、俺も手伝うか?」 出来たものをどんどんセットしていくだけで、それを手にしていく人たち。 シンさんとミノルが入ってくれたから、俺もホールへ出た。 しばらくすると、リンリンリンと、昔の黒電話の呼び鈴のような音がした。 電話? 内線用につけたと言う。 「大将、魔王様」 「はいよ、ミノル、シンさん、ちょっと来て」 魔王様にメニューはいらない、その日の最高の肉を一つ入れれば、それでいいと、彼は、具のいっぱい挟まった食パンを三角ではなく、半分に切って、ピンを指したもの。そのままをホットサンドにして半分に切ったものなどを銀のお盆いっぱいに並べたのを持った。 シンさんにはお茶のセットのお盆を、そして俺には、ラーメン用のデカイどんぶりに入ったポタージュ―スープと蓮華が乗ったものを持ったのだ。 ノックをするとドアが開いた。 「おはようございます」 俺たちも挨拶をした。 魔王は、ほとんど人間とかわらない、洋装だけで、横から見た感じはさほど人間と変わりないように思えた。 テーブルにはいつのまにか小さなカップに花が活けてあって、ヒロムは慣れた手つきで彼の前に並べていった。 「メインは、カインドラゴンの、カツサンドにございます、そちらの茶色いものです」 「ほう?まずはスープだな」 ヒロムは下がると、魔王様の斜め前に立ち、俺たちを手招き、彼の隣に並んだ。 そして魔王の顔をじかに見ることになる。 人間ならば男前の部類だろう、切れ長の目、ただ真っ赤で、白目が無い。 頭にはくるりと巻かれた角が左右にあり、とがった爪は真っ赤なマニュキュアをぬったようだ。 「ン?このスープは?」 「お分かりになりますか?」 「この間食べた、すっぽんという奴のスープか?」 「正解にございます、今日は、カインドラゴンの骨の出汁も入れてみました」 「んー、うまいなー、ではカツサンドを」 グシャッといういい音がしました。 「んー、うまい、このソースは、デミグラスソースといものだな?」 「さようです、たっぷりとおかけいたしました」 彼は、うまい、うまいと言って、ハムの間に野菜が挟まった野菜サンドも、卵を何個使ったかわからない卵サンドもあっという間に平らげてしまった。 すると、最後は、横にいた、ン?ウサギ? たぶん男性だ、服装がそう思えた。 彼が紅茶を入れて差し上げたが。このカップもデカいな。 「ふー、ヒロム、その二人がお前がまかせたいと言っていたものか?」 「はい、こちらが、イタリアンを中心とした方で、大国実さん、そして彼がラーメンを中心に中華を手掛けておりました、坂下新さんです」 「ラーメンとな?」 「彼の作るのはうまいです、ただ、魔王様にはちょっと」 「ちょっととなんだ? 「量が少ないんですよね」 「やはりか?」 「ああ、でも私のは、麺が伸びる時間を考えてのことですので、言っていただければ、次の物を準備できます」 オ?シンさん。 「そういっておるぞ」 「まあ一度試されてからですね」 「そうか、麺とはうどんとは違うのか?」 違います、もっと細いんです。 ほう、中華とは? 「前に、油淋鶏(ゆーりんち―)という油で揚げた肉をお出ししましたし、麻婆豆腐もそうです」 「ああ、あの麻婆豆腐はいい、あの頭にボワッと抜けていくあの辛さがたまらん!」 「あのー、イタリアンとは?」 「ゼタンさんが食べたのではパスタですね、それとピザもそうです」 「あーピザですか」 「あれは足りん、もっと下が厚くてもいいぞ」 「わかりました、それは彼にお任せします」 「シン、ミノル、二人共はげめ」 「はい」 「お願いします」 彼はそういうと、すべてを食べ終わって出ていかれました。 「あの体のどこに入るんだ?」俺は空になったどんぶりを見せました。 うらやましい、スタイルだよな。 「さてどうする?」 ヒロムはにやにや笑いながらそう聞いてきた。 ああいわれたら、やろうじゃないか? ハハハやっぱりな、料理人冥利に尽きるか? ああいわれたらやってやろうって思えるんじゃないか? 俺はやるよ、今日からでもいい。 俺もだ、頼む。 それじゃあ、給料、もろもろだな、それじゃあ、よろしく頼みます。 仲間が増え、そして、俺たちの世界では、クリスマスが近づいてきたのだった。
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