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第一話
鬱蒼とした森の中。
バキバキと木を倒しながらドシンドシンとものすごい速さで駆け抜けるモノがいた。
グヲ―---!!!!
奇声をあげながら四本足で走って来るモノ。
口には長い牙が左右から上に向かいのびている。
毛の一本一本が針のように固く、長く、逆立っているから、毛皮は見るからに堅そうだ。
ブヒ、ブヒー!と言いながら走って来るモノ。
まるでどけどけと言いながら走る大きな岩の塊。
ヒュッと一陣の風に乗り何かが現れた。
それを目で追うものは急ブレーキをかけた。
黒いマントを翻し、一人の男が立ちはだかると、走ってくるものをギンとにらんだ。鋭い眼光は赤く、口元は笑みを浮かべているよう。
足踏みし、鼻息も荒く呼吸をし直すもの。
マントの男の指先には真っ赤なとがった爪。赤い爪がシュルシュルと腰に下げた真黒な剣を引き抜く。
走って来るものめがけ、すっと、剣先を指した。
前足で土を蹴ると俺の獲物だと言わんばかりにとびかかっていく。
かかってこいと言わんばかりの男。
獲物めがけ、つ走って行くモノ。
ヴヲ―――!!!
大きな声を上げた。
男はフッと笑うと、片手で剣を一振り!
ドシュ!
「ふっ、俺様にかかってこようなんざ百年早いわ」
目の前にはでかい獲物が、止まった。
何もなかったように森の音が止んだ。
シュッと音をたて剣を一振りすると、腰に収める。
時が止まったかのような静けさの中、カチンと鞘に入れた剣が美しい音をたてた。
「はー、なんだかなー、これをただ食うのも飽きてきたんだよなー」
男がそう言うと、獲物がぐらりと動き出し、ドードーーンという轟音とともに倒れた。
いつだったか、記憶の隅にある、この世界にはない味がある。
肉の味は、焼いた木の味と肉の油の味。
森にある、木の実の甘さ、草の苦さ、渋さ。
確か…?
うまさ…?
とか?脳天を貫いていく刺激だったと…。
おいしい?だったか?
いや、うまいと…。
うまさとは何だ?おいしいって?
それを説明できるのはいなくて。
んー…ん?
そうだ、確か唸ったはずだ。
どこかに、これをんーと唸るような味にしてくれる魔法を持った奴いねえかな?
右を見ても左を見ても、器用そうなものはいないし、俺様を見てびくびくしているものばかり、使えねえ。
「おい!」
ビクッ!
木の陰からこっそりと見る者達。
「とって食いやしねーよ、それよりもこれを何とかして食えるようにできねえか?」
目の前のでかい獲物を前にこそこそという者たちばかり。そして聞こえてきた声に。
「いつもの丸焼き意外だ!」
ヒーっ!という悲鳴が聞こえる。
ハー。と大きなため息。
「あのー?」
「なんだ?お前が何かしてくれるのか?」
そうではない、この世で一番の魔王様、何でもできるのであれば、ほかの世界からこれを口にできるようにできるものを連れてきてはいかがでしょうか?
連れてくる?
たしか?数百年前に一度、どこからか連れてきたと書かれたものが。
数百年前?
「ハハハ、おーそうだ、そうだ、この世の中で一番の私にかかればこんなもの、そうだ、私は出かけるぞ」
出かける?どこへですか?
「ここでおめおめとまっていられるか、この魔王ゲイドが直々に出向いて我の口に合うものにしてもらうのだ、ではな。」
ではなって、あー、魔王様―!
行っちゃったよ?
いいのかね?
「フフフ、何故思いつかなかったのだろう、どこだ、どこかにあったはずだ?」
大きな屋敷に戻ってきた。
早足で歩く廊下には自分の靴音が響き渡っている。
両手で開けたドア。
綺麗に並べられた多くの本が並ぶ部屋。
中に入りながら、本棚に向け伸ばした手。
パシンと音を立て、手の中に飛び込んできた本、それを片手に乗せるとパラパラとページが開いた。
「ククク、これだ、これ、さあ、我を、満足させるもののところへと導け!」
本からはまばゆい光が飛び出し、魔王はその場から姿を消したのでした。
キン。
ドサッリ!
「魔王様―、どこへいったんだ?」
「ありました…って、大丈夫か?」
何をお忘れになった?
これです。
「毛皮?まさか?早く捜し出せ!」
探せ、捜し出すのだ!
ここは地球、東京新宿のとあるビル。
「は?なんですか?」
まあ座れと、数人の男と向かい合う。その一人はこのビルの仲介役だ。
「さて期限だ、ここまで待った、いい返事が聞けるよねー?」
組んだ手をテーブルの上に置き、顎を乗せる細メガネをかけたオールバックの男。
「もう少しだけ、待っていただけませんか?」
あと一か月、暮れになればイベントが目白押し、そうなれば少しは。
「もう、いっぱい、いっぱいなんだよねー」
客は一人も入っていない、ホールには雇う人さえいない。
「聞き訳がわり―な、だから、立ち退けって言ってるんだよ、家賃も払えないんだろ?この先無理なんだ、ここはいい買い手がついたからよ」
でも、まだ一年。
「一年だ?無理無理、残念だったね、コロナがなきゃ、それなりに稼げたのかもしれないのになー、残念、残念」
くそっ!
「今日中とは言わないさ、俺もそこまで鬼じゃあねえ、一週間やる、荷物まとめて出て行ってくれ、じゃあな」
「じゃあなって、おい、待って!」
立ちあがった時椅子が大きな音をたてた。
男たちが出て行った。
くそったれ!
コロナウィルスのせいにだけできはしないが、飲食店業界は、本当に大変な目にあった。
やっと再開できるめどが立ったと思ったら、どこかの国が戦争を仕掛けたせいで、こっちは物価高に押され、商品どころか、家賃が払えなくなってしまった。
今更、どこへ行けばいい。
借金はぎりぎりしてはいないが、このままじゃあ。
いっそ、首をつってしまったら、自殺は金にならないんだよな?
でも、もう、どうしていいか。
頭を抱えた。
どしん。
くそったれ!
椅子が見事に外れた場所に思いっきり座り尻もちをついた。
大の字になり、天井を見上げた。
電気代も払えないのか?所々ぬいた電球が、この先は無理だと言っているようだ。
「私が稼いでるんだから、貴方にこれ以上言われる筋合いはないわ!」
「ま、待ってくれ」
「そんなに店が大事なら、店と心中すればいいじゃない、さようなら、ここも解約するわ」
二年半前、店にしがみついて、ここを手放せなかった俺は、女と別れた。何もかもが変わってしまった。マスクを握りしめ、もうどうなってもいいと叩きつけた。
コロナにかからなくたって、生きていかなきゃしょうがなかったんだよ!
おわった。
何もかも。
「ウワー―――!!!!」
カシャーン!ガラガラ!ドーン!
地震?
ものすごい揺れに身構えた。
次の瞬間目に飛び込んできたのは!
「はあ?」
なんだこりゃ!
でっかい獣が現れた。
「いてて、目測を誤ったか?ほう、なんだこの狭い部屋は?」
黒いマントに、黒い衣装、頭には羊のような巻き角?ハロウィンまではまだだいぶあるぞ?
「狭いって、おい、お前はなんだ、それにこれはなんなんだ!」
「なんだとは何だ、われはこの世界一の魔王である、その我が倒した、魔物、スピンドルボア」
壊れた椅子の上に寝そべるように座っている人。
ギーパタンと音をたて椅子がつぶれた。
ひらひらと何かが落ちてきて、魔王の頭にパサリ。
格好つけていたのに、なんだかわからないけど、その布を慌てて着ている物の中にしまおうすると、あーと大きな声を出し、背中を気にしているがなんのこっちゃわからない。
残念なやつ。
「あ?ただの猪のでかいのだろ、まったく、こんなの、獣臭くて、それにあんたも臭いぞ」と俺は壊れたものを手にした。
「我が臭いはずがない」とクンクン嗅いでいる。
「鼻がおかしいんじゃねえの?あーあ、テーブルいくつ壊したんだよ、もう、これ使い物になんねえじゃん、あーあ、イスもー、どけよ!」
魔王と名乗る男は、パチンと指を鳴らすと、ザーッと音を立て、イスやテーブルが、端へ動いた。
「悪いな、壊れたものはどうにもならぬ、おぬし、それを我に食わせてはくれぬか?」
男は、そのままの格好で足を組んでいる。
は?
「できぬのか?」
こいつ、なに言ってんだ?
「はー、そうか、どこかに、これを、いやこれだけではないが、一度でいいから、いや、一度言ったのか?うまいと言えるものを食ってみたい、ダメか…」
うまいもの?その言葉に反応した。
「何グダグダ言ってるのかわかんねえけど、シャーねーな、腹が減ってるのか?これは無理だけど、どうせやめるんだ、あんたがうまいって言えるもの、作ってやるよ」
「本当か?」
「ああ、待ってな」
さて、今夜のディナー、食材はぐっと安いものになったけど、それなりのこだわりはあるからな。
俺は、テーブルウェアとカトラリーを持ってきた。
「もうできたのか?」
「まだだよ、もう少し待ってくれよ」
バサッとクロスをかけ、カトラリーを並べる。
最後だ、いいのを開けるか?
ワインセラーから一本取りだした。
男は椅子に座りなおしている。
「飲めるか?」
「酒か?好物だ」
「好物と来たか、へへへ」
コルクを抜き、香を確かめる、いい匂いだ。
トクトクとグラスにいい音をたてつがれる赤ワイン
「どうぞ」
差し出すと香を嗅いだ。
「ほう、いいな」
ゴクリと音を立て飲んだ男は、ん、いいなと言った。
だろ?俺も少し、うん、やっぱりいい酒だ。
「お?なかなか」
注いでやろうとしたら、瓶ごとよこせと瓶を取られた。一人でグラスになみなみ注ぎ飲み始めた。
「コースじゃねえからな、まずは煮込み、牛肉の赤ワイン煮だ」
ごろりとした肉が白い大きな皿の中央に乗っている。
出てきた物を見ては俺の方を見て、
「いいのか?」と言った。
「どうぞー」
男は、カトラリーの使い方が分からないのか、フォークを握りしめ、肉にさした。
フォークでほろりと崩れる肉を、大きな口にほおばった。
「ほほ、これは柔らかい、ほどけていく」
皿を持ち上げ、ゴクリとスープを飲み始めた。
プハー。
残っている物を、口に入れ込む。
「ン、ン、ンん、ン、はー、うまいとはこういうことだろうな」
口に物を入れながらしゃべるのはマナー違反だがうまそうに食べてもらえると、そんなのどうでもよくなる。
「ハハハ、それはよかった、さて、冷蔵庫の魚を揚げるか」
「おかわり!」
「お代わりか、ハイよ、待ってな」
うまそうに食ってくれる、ありがたいな。
さてと、鍋に油を入れたのに火を入れた。
カラカラと、油の温度が上がっていく。
ジュ―。
「はいどうぞ、これは季節限定アンコウのから揚げだ」
「なんだか、ちまっとしてるな?」
「一人前だ、これも高級魚だぞ」
「まあいい、俺はうまいのが食えりゃいい」
「まあ食ってみてくれ」
フォークでぷすりとさしたのを口に入れた。
「ハフハフ、これは、熱い、うまい、うん、うまいぞ」
俺も、はふ、うん、うまい。
「次を持ってまいれ」
「は?もう何もないぞ、後、すぐ出せどうなのは、そうだな、茶漬けぐらいだな」
「なにもないのか?仕方がない、それを持て」
それを持て、命令かよ、はいはい。
小ぶりだがタイ飯にでもできればいいと、半身だけたれに付け込んでいたけど、こっちも使うか?まずは、たれにつけた方をご飯にのせて。
「はいどうぞ、鯛茶漬け、ワサビを溶かして食べてくれ」
「これもまたちんまいな」
「うまけりゃ次のはどんぶりで出してやるよ」
「そうか?わさびとはこの緑のか?まあ、いい」
ずっ、ん?じゅるじゅるー。
「ぷはー、うまい、おかわり!」
「もう?仕方がない、ドンブリだな」
ラーメン用の大きなどんぶりに出した茶漬けをずるずると飲み物のように口に運んでいく。
その顔は笑顔だ。
「はー、足りぬが、まあ良い、お前、名は何という」
「ひろむ、河野(こうの)ヒロム」
「ヒロム、お前わしの飯を作れ」
長い爪で、歯をシーシーやってる。
やっぱり残念だ。
「イヤー、って、えー、魔王ってさ、もしかして、この世界の人じゃないよね」
俺は冗談で言ってみた。どう見てもハロインかダンパ帰りの若者。
「当たり前だ、では参るか」
まいる? 指をならした。
・・・は?
パチン!
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